小説『新宿・ゴールデン街と家出少女』

    小説『新宿・ゴールデン街と家出少女』

    野乃花(ののか)は、夏休みに決行した。

    バイトで貯めたお金で高速バスのチケットを買い、青森から新宿行のバスに乗ったのだ。

    目指すは新宿・ゴールデン街。

    憧れのゴールデン街!

    夢のゴールデン街!

     

    野乃花は、その街で死のうと思った。

    青酸カリは手に入れた。

    オブラートも買った。

     

    リュックの奥にしまってある。

    わずか耳かき1杯で致死量だ。

     

    ペロっと舐めればすぐに天国へ行ける。

     

    キッチンのテーブルに『探さないでください』とだけ書いたメモを置いた。

    パパやママは驚くだろうなぁ。

    野乃花は文学少女だった。

    野乃花の好きな作家はみなゴールデン街の常連だった。

     

    『岬』『枯木灘』『鳳仙花』などで有名な中上健次。

    『離婚』『狂人日記』『怪しい来客簿』の色川武大。

    『エロ事師たち』『火垂るの墓』『同心円』の野坂昭如。

    いまは亡き文豪たちに会いに行くのだ!

     

    高速バスが首都高速を降りる。

    高速バスがバスタ新宿に到着した。

    野乃花は高速バスから降りて、背伸びをした。

    午前6時だった。

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    ■新宿の太陽はジリジリと照りつけている!

     

    バスタ新宿のエスカレーターを降りて甲州街道の歩道に立った。

    JR新宿駅の南口が甲州街道の向こう側に見える。

     

    人であふれている。

    人が多くて目が廻りそうだった。

    青森の田舎ではお祭りの日でもこれほどの人は集まらない。

     

    新宿はまるで毎日お祭りをしているみたいだった。

     

    野乃花は、甲州街道を渡り、ルミネのなかを通って、外へ出て、エスカレーターで下へ降りて行った。

     

    夏の太陽が痛いほどだ。

    野乃花の白い腕がジリジリと焼けるようだった。

     

    首筋から背中にかけて汗がジットリとにじみ出た。

     

    憧れのゴールデン街で死ぬんだ、と思った。

     

    「生きている事。

    ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか」

    太宰治の言葉だ。

     

    太宰は青森の文豪だ。

     

    野乃花には「太宰のような小説家になりたい」と思っていた時期がある。

     

    しかし、

    「お前が小説家になれるわけがねぇだろ!」

    と父に言われた。

     

    「小説書く暇があったら、学校の勉強しなさい」

    と母に言われた。

     

    学校の友人に小説を書く人はいない。

    もっとも、小説を読んでいる人もいなかった。

    野乃花が小説家になるなんて、誰も信じていなかった。

     

    毎年、小説を書いて応募したが、毎回落選だった。

     

    生きている事。

    ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか。

     

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    ■新宿のコーヒーショップで『十八歳、海へ』を読む!

     

    ドトールコーヒーでモーニングセットを食べた。

    ハムと卵とレタスとトマトをトーストではさんだサンドイッチだった。

    空腹に浸み込んでいくようだった。

     

    ゴールデン街劇場でお芝居を見る予定だった。

    チケットはインターネットで予約した。

     

    午後1時からはじまる。

    それまで、この店で時間をつぶそう。

     

    野乃花はリュックから文庫本を取り出す。

    『十八歳、海へ』

    中上健次が18歳から23歳の間に書いた短編集だ。

     

    「おまえの精液の臭いでむんむんするペニス、いやだね。

    勃起ばかりさせて。

    まだ十八歳なんて」

     

    そんな文章が野乃花の胸をえぐる。

    実は、今日が野乃花の誕生日だった。

    18歳になる。

     

    『十八歳、海へ』のなかに、心中未遂するカップルが登場する。

    そのなかに、こんなセリフがある。

     

    「命って、息が苦しいことだってわかったの」

    野乃花はこの言葉にジーンときた。

     

    野乃花は自分が死ぬことを感じてみようと思った。

    死ぬのか、と頭のなかで言ってみる。

     

    身体が震えるような感動がジワリジワリと染み渡ってくるようだ。

    死ぬことの感動?

    何の感動?

     

    死ねるかなぁ?

     

    死を決意したものの、急に不安ももたげてくる。

    怖気づいたというよりも、青酸カリを飲んだあと、死ねないかもしれないという不安が漠然と浮かんできた。

     

    店のなかに客が増えてくる。

    空席がなくなる。

     

    野乃花は、気にせず、本を読むふりをした。

    活字を目で追いかけるだけで、頭には入っていない。

     

    野乃花は死ぬことを考えていた。

    カウンターに行列ができていた。

     

    席がなくて呆然と立っているお客もいる。

    相席を頼んでいるお客もいた。

     

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    店の時計を見ると、お芝居の開演30分前だった。

    まだ早いが、そろそろ外へ出よう。

     

    新宿の街をゆっくりと歩いた。

    ビックロのなかに入って服を眺めた。

    買う気もないのに、ジャケットの値札を確認したり、シャツを胸にあてて鏡に映したりした。

     

    開演の時間になった。

    野乃花はゴールデン街劇場へ向かった。

     

    コント劇団のお芝居だった。

    別にこの劇団の芝居がみたかったわけではない。

    野乃花はゴールデン街劇場で芝居を見たかっただけである。

     

    2時間弱で芝居は終わった。

    野乃花は1度も笑えなかった。

     

    これから死のうとしている人間が笑えるわけがない。

     

    ゴールデン街劇場の外へ出た。

    これで思い残すことはない、と思った。

     

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    ■ゴールデン街のなかをグルグル回った!

     

    野乃花は迷路のようなゴールデン街のなかをグルグルと回った。

    お店の看板や壁に描いてある絵を見ているだけで、田舎にはない文学の匂いを感じた。

     

    どこで死のうかと思った。

     

    店と店の隙間の薄暗いところへ入って行こう。

     

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    自分が野良猫にでもなったような気になる。

    憂鬱な野良猫だ。

     

    薄暗い隙間で、静かにしゃがんだ。

    リュックから、青酸カリの小瓶を取り出す。

     

    胸が高鳴る。

    ドキドキした。

     

    小瓶のふたに手をかける。

    ふたを開けて、オブラートの上に白い粉を盛る。

    オブラートで白い粉を包む。

     

    「ちょっと君、そんなところで、何をやってるんだ!」

     

    チビで小太りのオッサンだった。

     

    野乃花は小瓶をリュックにしまって立ち上がり、逃げた。

    迷路のようなゴールデン街を走った。

     

    「待ちなさい!」

    オッサンの声を背中で聞く。

    オッサンは猛烈な勢いで追いかけてくる。

     

    Tシャツの背中をつかまれる。

    野乃花は路上に転がった。

     

    「痛ぅ!」

     

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    ■オッサンと野乃花はどこへ行くのか!

     

    「で、あんなところで、何をやっていたんだ?」

    オッサンが鋭い視線を野乃花に差し込んでくる。

     

    「別に・・・」

    野乃花は口ごもる。

     

    「別にじゃないだろ。じゃあ、おじさんが、ズバリ、答えてやろう。

    君はあそこで自殺しようとしていたんだろ。とんでもな奴だ。

    私は、このゴールデン街の組合長をやっている者だがね。たまにいるんだよ。

    ここで自殺する若者がね」

     

    「・・・」

     

    「困るんだよ。ここで自殺なんかされちゃ。

    警察の事情聴取で時間をとられるし、汚れたあとのクリーニング代もかかるし、だいいち、自殺者が出たとなったら客足が遠のくじゃないか!」

     

    「・・・」

     

    「ちょっと私についてきなさい」

    オッサンは野乃花の腕をとって立ち上がる。

     

    「警察へ行くんですか?」

     

    「行きたいのか?」

     

    「いえ」

     

    「どこへ行きたい?」

     

    「天国です」

     

    「じゃ、天国へ連れて行ってやるよ」

     

    オッサンはしっかりと野乃花の腕をとって、力づくで歩かせる。

    まるで連行されているようなカッコウだ。

     

    新宿の東口から西口まで歩いた。

    西口の高層ビル街を過ぎて、新宿中央公園に来た。

     

    「ここだ。お前さんの天国への階段はここにある。死ぬならここで死んでくれ」

    そう言って、オッサンは去っていった。

     

    野乃花は周囲を見渡す。

    もう、こうなったら、どこでもいいや。

    死ぬなら、サッサと死んでしまえ。

     

    リュックから青酸カリを取り出し、ふたを開けた。

     

    すると、今度が背の高いオッサンがやってきた。

    「ちょっと待ちな。もしかして、お前さん、ここで自殺する気じゃないだろうね」

     

    「え、いや、その・・・」

    「困るんだよな。ここで自殺なんかされちゃ。

    私はこの公園の管理組合の者だがね。公園で自殺する連中がいるんだなぁ。

    死ぬんだったら、別の場所にしてくれ!」

     

    「もう、わかりました! じゃ、あのマンションの最上階から、飛び降りて死にます!」

     

    すると、それまで、ポケモンGOに夢中になっていた人が、振り向いて言った。

    「ちょっと、待った! 私は、あのマンションの管理組合の者だがね。困るんだなぁ」

     

     

    (了)

     

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    コメント

    1. 佐久間直子 より:

      おもしろかった~

    2. yuzurin より:

      とても分かりやすく、とても面白かったです。

      正統な田舎者の私は、お上りさんになったような気分で、
      新宿を味わいました。

      また、端々に文学の香りがする文章に、
      『励めよ!』といわれているような気持ちになりました!

      ありがとうございました。

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