新宿小説『アリスの願い』

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  • 極真会館新宿道場前で金髪少女と出会う

「すみません。助けてください」

後ろから不意にそう声を掛けられた僕は、おもわず足を止めた。新宿駅南口近くにある全労済ホール、スペースゼロ。そこから小道を入ったところにある極真会館城西支部の新宿道場の前での出来事。

「すみません。助けてください」

消え入りそうな声がもう一度聞こえた時、僕はそれが空耳でないことを知った。振り返ると少女が佇んでいた。7~8歳くらいであろうか。金色になびく背中まである髪は夕暮れ時によく映えていた。街中に独り金髪少女が佇んでいる。田舎町では異様に感じる光景も新宿ではさほど驚くべきことではなかった。

「君は?」

「私はアリス。助けて欲しいんです」

「誰かに追われているの?」

反射的に身構える。スポーツバッグの中に極真会館の道着は入っているものの、帯は清潔感あふれる真っ白だった。

習い始めて半年。一緒に入門した奴らがどんどん上達していくのに僕だけが取り残されていた。職場でのストレスを解消しようと通い始めたが、自分の弱さをまざまざと見せつけられる結果となり、逆に今ではストレスを生んでいた。スポーツバッグの中には道着と共に退会届が入っていた。

「いえ、そうじゃないんです。私、人間になりたいんです。でも方法がわからないの。だから助けて欲しいんです」

ブロンドにブルーアイの少女は流暢な日本語で訴えるのだが、その内容は全く理解できなかった。

「私、人形なんです。でも人間になりたいんです」

少女は悲しそうな表情で後ろを振り返った。人形劇団プークの看板が目に入った。

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  • 人形はつばめグリルのハンブルグステーキを食べなかった

 

新宿高島屋の13階につばめグリル。注文したつばめ風ハンブルグステーキが1つ届く。ハンバーグを包んでいるアルミホイルをナイフで切り裂くと湯気と共に肉の芳醇な香りが解き放たれた。シュワ~、ジュッジュッとソースの焦げる匂いが鼻腔から胃袋へと練り歩く。

「ホントに食べなくてよかったの?」

「ええ。人間になれたら、その時にお腹いっぱい食べます」

アリスは寂しそうな笑顔を浮かべると青と白のドレスに目を落とした。

「ホントに……人形なの?」

どうしても納得できずに引っ掛かってしまう問いをまた口に出した。

「ええ」

さすがにアリスも4度目の問いには簡潔に答えた。これ以上、ここを問いただしても話が前に進まないんだろうな。

「で、人間になりたい、と?」

「ええ」

「なんでそんなに人間になりたいの?」

「だって、人間って自由じゃないですか!」

アリスはその青い瞳を爛々と輝かせながら答えた。

「だって私達、出番が来るまで、必要とされるまで、一切、日の当たらない世界にいるんですよ。注目されてもほんの一瞬。言われたとおりに動かされ、自分の意思とは関係なく動かされ。ホント、操り人形ですよ」

彼女なりのジョークだったのだろうか? でも僕は笑うことが出来ずにいた。アリスの言葉に、職場での自分の姿がオーバーラップしていた。

 

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  • ヒントを探すなら東急ハンズでしょ

 

「私達が人間になれるチャンスは年に一度。十五夜の満月の今日だけなんです。この日の夜明けまでに呪縛を断ち切り、母なる命を吹き込んでもらえれば人間になれるんです」

アリスは老婆の人形から聞いたという情報を僕に教えた。

「で、その呪縛はどうやれば断ち切れるの?」

「それがわからないから、助けて欲しいんです」

「そうは言っても……なんだか雲を掴む話だな」

「呪縛は何か関係するものが現れたら、胸の辺りがソワってするっておばあちゃんは言ってました」

「いままでゾワってしたことは?」

「さぁ」

情報が圧倒的に不足している。

「他に何のヒントもないの?」

「他に何のヒントもないの」

アリスが申し訳なさそうに答えた。ため息をつきながら目を上げると「ここは、ヒント・マーケット」と書かれた看板が目に入った。

東急ハンズか。確かにバラエティに富んだ品揃えだ。行ってみるか。

1階から8階までぶらっと一周してみたが何の成果もなかった。

「あ……」

アリスが短く呟いたのは財布売り場に来たときだった。

見ると牛皮の財布やヘビ皮の財布、ブランドのロゴが入ったラウンドファスナー付きの財布がずらりと並んでいる。

「今、かすかに胸の辺りがゾワっとしたような……」

財布? 呪縛のキーワードはお金なのか?

 

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  • 新宿中央公園の中心でレアポケモンと叫ぶ

 

新宿駅周辺の銀行をくまなく回ってみた。だが何の変化もない。

西口から更に歩きアイランドタワーのLOVEのオブジェに来たときには深夜を回っていた。空には僕ら二人をあざ笑うかのように満月が煌々と輝いていた。

新宿中央公園ナイアガラの滝のベンチで僕はパンパンになったふくらはぎをトントンと叩いていた。新宿中央公園には深夜だというのに人が結構いた。みな、スマホを片手にあちこちを歩き回っている。

「あっちでレアポケモンが出たらしいぞ」

誰かが叫ぶと光るスマホを持った人々は一斉に走り出した。

「レアだ、レアだぞ」

口々に叫びながら走っている。

「いいなぁ、人間って」

それを見ながらアリスがつぶやく。

「毎日がレアな体験に溢れてるのね」

あんたの方がよっぽどレアだけどな。僕は心の中でアリスにツッコミを入れた。

「やっぱり今年もダメなのかなぁ」

アリスがポツリと呟いた。

「そんなのわかんないじゃないか。夜明けまでは時間があるだろ。諦めんなよ」

自分が呟こうとした言葉を先にアリスに言われて、僕は心にもないことを口走った。

アリスは「今年も」と言った。一体何回挑戦してきたんだろう。何年挑戦してきたんだろう。もしかしたら何十年?

僕が幼い頃、こんな人形が出てくる劇を見たことがあるような気がする。少女の姿をしているから、ついその年齢で見てしまうが、人形になって何年経つのかは僕にもわからなかった。それを思うと、彼女の無念さに心臓が悲鳴を上げるようだった。

「え? 何? 何なの、この感覚……」

アリスは急にそう言うと、まるで方角を確かめるようにその場で二周回る。

「あっち! あっちに何かある」

アリスは熊野神社の方角を指差した。

 

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  • 熊野神社で憑依される

 

熊野神社に近づくごとにアリスの息は荒くなった。本殿の前に辿り着くと、アリスは呻くように言った。

「苦しい。私の胸の中で何かが激しく動いてる。すごく嫌がってる。闘おうとしてるの? 逃げ出そうとしてるの? あぁ、苦しい」

何とかしてアリスを救ってやりたいと思った。大丈夫か、とアリスの背中をさすろうとした時、一気に空気が張り詰めた。まだ10月だというのに全身、鳥肌が立つ。

本殿から青白いもやが現れる。

「うぬはそこな娘を助けたいのか?」

青白いもやは直接、脳に語りかけてきた。もう何が起きているのかわからない。混乱する頭の中でただ一つ確かなものは「アリスを助けたい」という思いだけだった。

カラカラに乾いた口から言葉は出なかった。僕は必死で頷いた。

「よし、わかった。力を貸そう」

青白いもやが一直線に僕の胸へと飛び込んできた。

「おぉぉぉぉぉーーーーー」

地鳴りのような咆哮が自分の意思とは関係なく口からほとばしる。

明らかに僕の身体なのに、まるで実感がない。あたかも当然のように目の前の空間から出現した両刃の剣を右手で掴む。金属特有のズシっとした重さを感じたのは一瞬。すぐに重さを感じなくなり、自分の血肉が通う手の一部のような感覚を味わう。

驚いている僕の精神を置き去りにして、左手はアリスの後ろの虚空をつかむ。確かな重量感とぬめっとした感触が手に残る。左手を一気に引きながら、虚空から大蛇を引きずり出す。

「我が名はクシミケヌノミコト。その実はスサノオノミコトなり」

名乗るが早いか大蛇に斬りかかる。大蛇もそれをかわし、すぐさま反撃に転じる。こちらの喉笛を狙い、シャーと威嚇しながら二度三度飛び掛る。時に屈み、時に横に跳びかわす。じりじりと後退を余儀なくされる。

大蛇の攻撃が途切れた時が勝負だ。そう思い、必死に攻撃をかわす。八度目の大蛇の攻撃をかわした瞬間、大蛇の身体は無防備に伸びきった。

今だ!!

だが足が前に出ない。膝がかくかくと震えている。

まただ。極真の稽古でも組み手のたびにこうなる。また何も動けないまま、僕は敵の攻撃を食らうのか。

圧倒的な絶望感と無力感に抱かれながら、何を出来ぬまま大蛇を見つめる。目の端に青い服と金色の髪が飛び込んできた。

アリス!!

無表情に、魂を抜かれたような顔をして棒立ちになっているアリスをちらと見る。唇を噛み締める。両刃の剣を握りなおす。極真の道着に刺繍された「一撃」の文字が頭に浮かぶ。後退し続けていた左足にぐっと力を入れ、踏みとどまる。右足に重心を移し、前のめりになりながら地を蹴る。

一閃。

右手の剣が大蛇の頭を真っ二つに両断する。大蛇は声にならぬ絶叫を発しながら塵と化す。

右手にあった剣は空間に溶け込むように消え、僕の胸から青白いもやが抜け出る。とたんに重力が3倍になったかのような疲労感が身体中を襲う。

「アリス!」

崩れ落ちた少女の下に身体を引きずりながら駆け寄る。

「母上!」

青白いもやがそう叫ぶ方を振り向くと金色のもやが出現していた。アリスは目を開けると二つの輝くもやを見つめていた。

「我は神々の母にして、母なる命を吹き込むイザナミノミコト。そなたの望みを言うが良い」

僕はぽかんとしているアリスに「ほら」と促す。

「え? あ、あぁ。私を、私を人間にしてください」

「たやすいこと。だが、人間になれば人間の理に縛られるぞ。その覚悟はあるのだろうな」

アリスが反射的に僕の顔を見る。僕は微笑む。だが上手く微笑むことが出来たのか、引きつった笑いになったのかは自信がなかった。

アリスはもう一度金色のもやに視線を戻した。不思議な空気感の中、静寂が流れた。

「笑顔……」

「え?」

「みんなの笑顔……」

アリスがうわごとのように呟く。

「何も……何もありません。このままでいいです。このまま人形のままで、呪縛から解き放たれただけで充分です」

二つのもやは一瞬ぶわっと輝いて本殿の中に吸い込まれていった。

「良かったの?」

「ええ。私、わかったの。人形をやらされていると思っていたけど、人形だからこそ、子ども達やそのお父さんお母さんを笑顔に出来るの。だから私は自分の意思で、誇りをもって、これからも人形として生きていくわ」

初めてみるアリスの笑顔に僕は涙が滲んだ。

「そうか」

僕はそういうのが精一杯だった。

 

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  • 人形劇団プークには生きている人形が今もいる

 

アリスは人形劇団プークの中に帰っていった。その直後に太陽の光が街を照らし始める。

新宿の街はいつもの色を取り戻した。

僕はスポーツバッグの中から退会届を出して破った。急に吹いた一陣の風が退会届の破片を空へと舞い上げた。破片は朝日にきらめき、キラキラと輝いていた。

「新宿の夜明けも悪くないな」

僕は声に出して呟いてみた。

 

(写真と文/元ちゃん)

 

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コメント

  1. リンカ より:

    人魚姫のように、最後がなんとなく物悲しくて惹かれるお話しでした。

  2. 佐久間直子 より:

    臨場感溢れる格闘描写に引き込まれました。とっても面白かったです。

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