文豪・中上健次が通った西新宿の喫茶店「ブラジル」

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文豪が通った西新宿の喫茶店「ブラジル」

ワシは西新宿の喫茶店「ブラジル」へモーニングを食べによく行く。

正式な名前は「ブラジル館」という昔ながらの喫茶店だ。

最近は、カウンターで注文して、先にお金を支払って、カウンターで商品を受け取って、お客が自分で席まで持って行くというスタイルの喫茶店が主流になった。

 

昔ながらの、先に席に座って、ウェイトレスが注文を取りに来てくれるというスタイルの喫茶店がめっぽう少なくなった。

 

この「ブラジル」は、ウェイトレスが、あったかい布のおしぼりとお水を持ってきて「ご注文は何にしましょう?」と聞いてくれる昔ながらの喫茶店だ。

 

ワシがこの「ブラジル」によく行くのは、それが理由ではない。

この喫茶店は、ワシにとって、大きな意味のある場所なのだ。

 

というのは、文豪・中上健次先生が通っていた喫茶店なのである。

 

今回は、この喫茶店「ブラジル」をレポートする。

熊野神社前交差点にある喫茶店です!

熊野神社前交差点にある喫茶店です!

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■西新宿の喫茶店「ブラジル」はコーヒーがうまい!

 

ワシは、朝、10時に「ブラジル」に入った。

すでに、お客はいっぱい入っている。

 

「ブラジル」は朝から満席になって、入れないこともあるが、この日は、何とか、ワシの座る席があった。

 

喫煙席と禁煙席とが分かれている。

ワシがタバコを吸わないことは、ウェイトレスさんもわかっていて、いちいち声をかけない。

 

普通なら「喫煙ですか? 禁煙ですか?」と聞いてくる。

 

「空いてる席にどうぞ」

 

という声がする。

 

ワシは、4人席が空いていたので、そこに1人で座る。

 

ウェイトレスが水とおしぼりを持ってくる。

 

「モーニングで、卵トースト」

とワシは注文する。

10時半までモーニングタイムだ。

 

モーニングセットは3種類。

ハムトーストと、タマゴトーストと、厚焼きトーストだ。

 

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「お飲み物は何にしますか?」

 

「ブレンドで」

ワシは、コーヒーを飲むと胃が痛くなる。

その日の夜は胃がキリキリと痛んで眠れなくなるのだ。

だから、紅茶かココアを飲むのだが、「ブラジル」に来たときだけはコーヒーを注文する。

 

香りを楽しみ、ひと口かふた口飲むだけだ。

 

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しばらくして、コーヒーだけが先にくる。

 

ワシはコーヒーカップの縁に口をつけるだけで飲まない。

コーヒーの苦みと香り口中に広がり、ワシを陶酔の彼方へと導いてくれる。

 

そして、少しだけ、口のなかへ入れる。

 

う~~ん!

うまい!

 

サイフォンで淹れた濃厚なコーヒーだ。

 

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■西新宿4丁目でタマゴトーストにかぶりつく!

 

ウェイトレスさんの腕にしがみついてジャレている小学生の男の子がいた。

たぶん、ウェイトレスさんの息子なのだろう。

 

ウェイトレスさんがカウンターのなかに入って仕事をしだすと、少年はカウンター席に座って夏休みの宿題をはじめた。

 

背中を丸めて、何かを書いている。

少年の背中を眺めながら、微笑ましい光景だなと思った。

 

「お待たせしました」

ウェイトレスが、タマゴトーストを持ってくる。

 

パンが程よく焼かれていてあったかい。

ゆで卵をつぶしたものとレタスをサンドイッチにしたトーストである。

 

ひとつつまんでかぶりつく。

やはり、生のパンでサンドイッチを作るよりも、ひと手間かけて焼いたパンでサンドにするほうがうまい。

 

なかのレタスもパリパリしていてうまい。

 

朝ごはんとしては最適ではないだろうか。

 

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■文豪・中上健次先生が通っていた喫茶店!

 

この喫茶店「ブラジル」にいまは亡き文豪・中上健次先生が通っていたのだ。

ここで原稿を執筆したり、読書したり、若い弟子たちを説教したりしたという。

 

どこの席に座ったのかはわからない。

中上先生はタバコを吸っていたので、たぶん、喫煙席だろう。

 

いや、中上先生がいたころは、まだ喫煙席と禁煙席を分煙するという制度はなかったはず。

ということは、どの席にいつも座っていたのか、さっぱりわからない。

 

中上先生は1992年に46歳の若さで他界した。

 

喫茶店「ブラジル」のテーブルも椅子もかなりの年代ものだから、中上先生がこの椅子に座っていた可能性はある。

 

ウェイトレスさんに中上先生のことを聞いても知っている人はいない。

当時といまでは、働いている人も変わっているのだ。

 

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実は、当時、中上健次事務所がこの近くにあった。

 

ヒルトンホテルとハイアットリージェンシーの間の道を中野方面へ歩くと左手に新宿中央公園の緑が見える。

そして、右手には、先のとがったバカでかいガラス張りのマンションが見える。

ラ・トゥール新宿というマンションだ。

 

このラ・トゥール新宿が建っているあたりに、白い壁の小さなマンションがあった。

その白いマンションに中上健次事務所があったのだ。

 

中上先生は、海外へ旅行されることが多かったし、原稿執筆が差し迫ったときは出版社が用意したホテルに缶詰めになっていた。

 

時間が空いたときは、新宿ゴールデン街で飲む。

酔いつぶれて、どこかのホテルに泊まることもあれば、この事務所で寝ることもあった。

 

事務所で寝たとき、「ブラジル」に行っていたのだろう。

 

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■中上先生が描いた20世紀の神話とは?

 

若い人のなかには、中上健次先生って誰?

と思う人も多いかもしれない。

 

ここで中上先生のことを説明しておこう。

 

1976年30歳のとき『岬』という小説で芥川賞を受賞した作家だ。

戦後生まれで初めての受賞者として話題になった。

その後、『枯木灘』『地の果て、至上の時』を上梓し、紀州新宮を舞台とした三部作を世に残した。

 

作風は、ウィリアム・フォークナーの影響を受けている。

フォークナーを中上先生に薦めたのは、評論家の柄谷行人である。

 

中上先生の作品を読むと、フォークナーだけでなく、日本の神話である『古事記』を彷彿とさせる。

『古事記』では、まず系図が人間関係の中心をなしていて、天皇は多くの女性たちとの間にたくさんの子を生んでいる。

兄弟姉妹、親と子が、愛し合ったり、憎んだり争ったりする。

 

『岬』『枯木灘』『地の果て、至上の時』の三部作は、息子と父の関係が中心になっている。

竹原秋幸と浜村龍造の憎悪と愛着がメインとなる葛藤だ。

 

秋幸の母フサは、最初の結婚で西村勝一郎とのあいだに5人の子を生む。

それが、郁男、芳子、美恵、君子、泰造だ。

 

フサは西村と死別し、浜村龍造とのあいだに秋幸を生む。

 

龍造には、正妻とのあいだに、とみ子、友一、秀雄と3人の子どもがいる。

龍造はさらに、愛人とのあいだに、さと子という秋幸と同年代の娘がいる。

秋幸にとっては、腹違いの妹である。

 

さらに、フサは、文昭という子どものいる竹原繁蔵と結婚する。

複雑な人間関係が、和歌山県新宮市という狭い舞台のなかで、20世紀の神話が紡ぎ出されていく。

 

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■まとめ

 

喫茶店「ブラジル」へ行くと、どことなく文学の匂いを感じるのは、たぶん、ワシだけだろう。

 

いまどき、文学を楽しむ人はそういるものじゃない。

いたとしても、1,000人に1人くらいの割合だろう。

 

文学好きな人のなかでも、中上先生の小説を読んでいる人も多くはない。

 

中上先生は、和歌山県新宮市の路地を描いた。

フォークナーが描いたミシシッピー州のオックスフォードという町よりも、さらに狭い範囲でのことだ。

 

中上先生の作品は、狭い地域での血族関係ということもあって、物語の濃度が高い。

中上先生の書いた路地は辺境である。

実はその辺境は世界の中心だったという英雄伝説でもあるのだ。

 

ワシにとって、喫茶店「ブラジル」は、魂の世界の中心である。

 

(写真と文/ブッダ猫)

 

 

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・店名/ブラジル館 四丁目店

・TEL/03-3374-3750

・住所/東京都新宿区西新宿4丁目1-10 東建ニューハイツ1F

・席数/50席

・営業時間/

月~金は20時

土曜日は18時

・定休日/日曜日・祝日

 

 

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