新宿・大久保「オキズキッチン」での感動トーク5選

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新宿・大久保「オキズキッチン」での感動トーク5選

JR大久保駅を降りて、大久保通りを中野方面へ歩く。

しばらく行くと、青いビニールテントに「OKI´S KITCHIN」という字が左手に見えてくる。

10人も入ればいっぱいになってしまうような小さな店だ。

こんな店に客が来るのかって?

それがケッコウ、繁盛しているんだ。

マスターの沖正人(おきまさと)さんは映画俳優でもあり、プロデューサーでもあり、最近で映画監督もやっているという。

だから、沖マスターの話がおもしろくってね。

ワシなんざ、酒が好きで飲みに行っているように表向きは言っているんだが、実際は、沖マスターの話を聞きに行ってるようなもんさ。

今回は、沖マスターから聞いた感動トークを紹介するぜ!

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■感動トーク1/借金1,000万円で首をくくろうとしたときの話!

沖マスターの感動トークのなかで、何と言っても、ダントツで感動するのが、この話だ。

沖マスターは広島県の江田島の生まれ。

育ったのも、広島だ。

広島で育った人間がどうなるか?

読者の君も察しの通り、沖マスターは熱烈な広島カープファンとしてまっすぐに育った。

素直で、正直者で、誠実で、努力家は、まっすぐに広島カープファンになる。

カープが勝てば喜びに泣き、カープが負ければ悔しさに泣く。

沖マスターは、そんな男になった。

ところが、沖マスターは、大人になって、広島の地を離れ、1人暮らしをしながら役者の道を歩んだ。

そのときのことだ。

素直で真面目な田舎者が、大都会で生きていけるはずもなく、生活費のためと言ってはサラ金で借金をし、友人が困っていると聞いては消費者金融で借金するというドツボにはまってしまった。

あれよあれよ、という間に、沖マスターは、1,000万円という借金をこさえてしまった。

 

マズい!

 

20代の若者で、しかも、駆け出しの役者が、1,000万円という借金をどうやって返すのか?

 

ヤバいぞ!

 

当時はまだ、サラ金に対する法律も整備されていなかったので、取り立ても厳しいものがあった。

首を吊る債務者も多くいた時代だ。

それに、真面目な田舎者の頭のなかに、借金を踏み倒すという発想はなかった。

そして、沖マスターは腹をくくる。

もう、死のう!

死んでお詫びしよう!

これしかない。

オカン、ごめんのう。

ワシは、バカじゃった。

ホンマにバカじゃ。

 

最後の親不孝を許してつかあさい。

洗濯ロープを用意し、アパートのどこにかけようかと手ごろな場所を探しているとき、ふと、女友だちの顔が浮かんできた。

最後に、あいつの声を聞いて死のう。

沖マスターはさっそく電話する。

「おお、どうしょうるんな? 元気しとるんか?」

「元気! 元気!」

明るい広島のオナゴの声がした。

ま、広島のオナゴはおしなべて元気で明るい性格が多い。

真っ黒に日焼けした顔に、白い歯が光る、瀬戸内海の凪の夕暮れを走りまわっとるようなオナゴじゃった。

そのオナゴが、「沖君はどうなん? 元気しよるん?」

「ワシはさっぱりじゃ」

沖マスターはそのとき、落ち込んだ声を出してしまった。

 

「何、言うよるん。元気出しんさい。大丈夫じゃけん。今日、カープ勝ったから!

 

広島のオナゴは、理屈も、ロジックも、関係なく、「今日、カープ勝ったから!」と明るく言う。

「今日、カープ勝ったから!」という言葉が妙に沖マスターの心に響いた。

そうか、今日、カープが勝ったのか、と思った。

カープは勝ったんじゃのう。

よかったのう。

嬉しいのう。

 

「沖君。どしたん? 泣きよるん?」

広島のオナゴが心配してそう言う。

 

「大丈夫じゃけん。元気出たけぇ。ワシ、もう少し頑張ってみる!」

沖マスターは、その日の夜、男泣きに泣いた。

翌日から、沖マスターの目の色が変わった。

役者の仕事に100%全力投球するようになったのだ。

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■感動トーク2/ミヤコ蝶々さんに可愛がられた話!

 

18のとき、沖マスターは広島・江田島を離れ、大阪に出た。

大阪の芸能プロダクションに入って役者の道を歩み始める。

 

そのとき、大阪・道頓堀の中座や京都の南座などで活躍するミヤコ蝶々さんの舞台に上がった。

当時、ミヤコ蝶々さんといえば、放送批評家賞(ギャラクシー賞)やら、紫綬褒章やら、勲四等宝冠章などを受賞している人間国宝である。

 

そんなスゴイ人から、沖マスターは「あのボンちゃんは、ええで!」と言われて、可愛がられた。

 

たとえば、舞台で沖マスターが警官役で登場する。

本当なら、

「このあたりに殺人犯が逃げ込んでいますので、気をつけてください」と言ってそでに去る予定だったのが、

ミヤコ蝶々さんは、沖マスターの警官をつかまえて、

 

「あんたとこのお父はん、元気にしてはりますか?」

とアドリブを突然、投げてくるのだ。

 

「ええ、まあ、ボチボチですわ」

と沖マスターも何とか、答える。

 

「ほな、たまには、遊びに来いって言うておいてな」

ミヤコ蝶々さんも、さらにかぶせてくる。

 

ま、そんなふうに、若い沖マスターとの掛け合いをミヤコ蝶々さんは楽しんでいた。

 

違う舞台で、沖マスターがチンピラBをやっていたときだ。

 

ミヤコ蝶々さんが、名だたるベテラン役者たちに、

「みんな、あのチンピラBの子がおるやろ。あの子みたいに演技せなあかんで。あの子は、ホントに人を殺すつもりで、演技してはる。あの子は、大したもんやわ」

と言っていたという。

 

人間国宝に認められた沖マスターだった。

 

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■感動トーク3/オトンを殺そうと思った話!

 

沖マスターが物心ついたときには、オトンとオカンは離婚していた。

だから、沖マスターはオトンの顔を知らずに育った。

 

そして、オカンはことあるごとに、オトンの悪口を言った。

 

「あんな、とんでもない男はおらん。どうしようもないワルじゃったけぇ。お母ちゃんは離婚したんよ」

 

酒乱で、暴力的で、ヤクザな男だった。

いや、そう聞かされていた。

 

素直でまっすぐに育った沖マスターは、オカンの話をそのまま鵜呑みにしていた。

 

「ワシのオトンは、どんなに悪い男なんじゃろう?」

そう思っていた。

 

沖マスターが小学4年生のときだ。

大阪の家庭裁判所からオカンのもとに出頭命令が来た。

 

沖マスターの親権に関する裁判だったようだが、小学4年生に難しいことはわからない。

で、広島の江田島から、オカンと2人で、小学4年の沖マスターは出かけて行った。

 

「どげな、悪い奴なんじゃろうか? オカンをワシが守らんにゃならん!」

そう思って小学4年生の沖マスターは、バックのなかに包丁を忍ばせていった。

 

新幹線が新大阪に到着する。

オカンに手を引かれて地下鉄に乗る。

新幹線に乗ったのも、地下鉄に乗ったのも、はじめての経験だった。

街角でぎょうさんの人波を見るのもはじめてだった。

 

地下鉄谷町線に乗り、谷町四丁目駅で下車する。

地上に出ると、すぐ目の前に茶色い真四角なビルがあった。

 

そのビルのなかに入る。

ドキドキする。

 

ワシのオトンはどんな悪い男なんじゃろう。

もしものことがあったら、ワシがオカンを守るんじゃ!

 

職員の人に案内されて、小さな部屋に入る。

長机と椅子があるだけの殺風景な部屋だった。

そこで、オカンと2人並んで座った。

 

しばらくして、職員と一緒にオトンが入ってきた。

優しそうな、真面目な感じの男だった。

 

これが、ワシのオトンか。

ヤクザじゃなかった。

 

「正人か? 大きぅなったやんか?」

オトンは大阪弁のイントネーションで優しく言った。

 

張りつめていたものが、スウッと抜けていった。

と、思うと、小4の沖マスターの目に涙があふれてきた。

 

泣けて、泣けて、しょうがなかった。

 

オトン! オトン! この人が、ワシのオトンなんか。

 

そう思うと、また泣けた。

 

「正人、どうしたん。何、泣きよるん?」

オカンの言葉も窓の外の街の喧噪も、何も、耳に入らなかった。

 

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■感動トーク4/オトンが死んでしもうた話!

 

沖マスターが21のときだ。

なかなか役者としての芽が出ず、悶々としていた。

 

舞台の仕事は楽しいのだが、沖マスターの胸には映画に対する情熱がメラメラと燃えていた。

 

東京へ出て、映画作りにたずさわりたい、という思いが大きくなっていたのだ。

しかし、お金がない。

 

借金もまだ返し切れていないし、引っ越し費用もない。

どうしようもない。

このまま、大阪で頑張るしかないだろう。

 

そんなとき、広島の実家に女性の声で「正人君いますか?」と何度も電話がかかっていた。

オカンが電話してきて、「オナゴから、何度も電話かかってきよるよ。実家の電話番号、何で、人に教えるんね」と叱られた。

 

しかし、沖マスターには、女性に実家の電話番号を教えた記憶はない。そもそも、そんなステディな相手はいないのだ。

 

で、オカンは、沖マスターの住んでいる大阪のアパートを、その女性に教えた。

そして、沖マスターのところへ電話が来た。

 

その女性は看護婦だった。

沖マスターの父親が末期ガンで死にかけていた。

「どうしても息子の正人に会いたい」と父親が看護婦さんに頼んだというのだ。

 

しかし、沖マスターが病院にかけつけたときは、すでにオトンは、ガンとの戦いに負けていた。

 

後日、形見分けすると、ガン保険の証書が見つかった。

受取人は、沖正人となっていた。

 

保険金の1,200万円を手にした沖マスターは、借金を綺麗に返済し、勇躍東京へ進出した。

 

その後、菅乃廣監督の映画「あいときぼうのまち」へ出演したとき、オトンの形見のジャンパーを着て行った。

 

「監督、このジャンパーを着て出ようと思うんですが、いかがでしょうか?」

 

沖マスターが言うと、

監督は、

 

「イメージにぴったりだよ!」

と誉めてくれた。

 

そのとき、沖マスターは、オトンと一緒に映画に出ているような感覚に襲われた。

 

ありがとう、オトン!

ホントに、ありがとうの!

オトンのおかげじゃけぇ~!

 

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■感動トーク5/山本浩二と記念撮影した話!

 

沖マスターはこの北新宿の「オキズキッチン」をオープンさせる前に、東横線の学芸大学駅の近くのバーで働いていた。

 

広島カープファンのマスターがやっている店ということで、ケッコウ人気があった。

 

常連客さんのなかにも、広島カープファンの人がいて、その人が来ると、いつも、カープの話で盛り上がった。

「往年の選手のなかで、誰が一番好きですか?」

とその常連客さんが質問すると、

 

「もちろん、山本浩二ですよ」

と沖マスターは答えた。

 

「そうですか、私の家族も、カープファンなんですよ。今度連れてきていいですか?」

 

「もちろんですよ」

 

そんな会話をした1週間後だ。

 

その常連客さんが、家族連れで飲みに来てくれた。

 

「私の父です」

常連客さんが、そう紹介してくれた男性は、長身でメガネをかけていて、穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

沖マスターが、その男性の顔を見て、わからないはずはない。

小さいころから、憧れた人なのだから。

 

その男性こそ、山本浩二さんだった。

 

そのときの沖マスターの驚きと感動は、容易に想像できるだろう。

 

「記念撮影、いいっすか?」

沖マスターの依頼にも、山本浩二さんは、快く笑顔で答えてくれた。

 

そのときの、写真画像は、沖マスターの一生の宝物になった。

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■まとめ

 

いかがだっただろうか?

 

他にもたくさん感動トークがある。

沖マスターの唇から、感動話が、いくらでも出てくるのだ。

ドラえもんのポケットのような唇だ。

 

沖マスターは、たぶん、何かを持っている。

自分の人生のなかに感動がゴロゴロと転がっている人だ。

たぶん、だからこそ、映画館の観客たちを感動させることができるのだろう。

 

オキズキッチンへ行ったら、沖マスターの感動トークを聞いてみてくれ!

テレビなんか、見ている暇があったら、「オキズキッチン」へ行ったほうがいい。

 

おっと!

ハンカチを忘れないようにな!

 

っじゃ!

 

(写真と文/ブッダ猫)

 

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・店名/Oki’s kitchen (オキズ キッチン)
・住所/東京都 新宿区北新宿1-28-18
・営業時間/18:0023:00頃(心が折れるまでとのことです)

https://m.facebook.com/pages/OKIS-Kitchen/1629436624001472

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

  1. 鈴木康之 より:

    お父さんの保険金の話はまさに引き寄せの法則ですね!
    ただ、なぜマスターは引き寄せることができたんでしょうか?
    しかも恐らく保険金の額から推測するに借金を返したら、ほとんど余剰金もなかったと思われます。

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