新宿小説『恋心イン・カフェブラジル』

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今日こそは、ちゃんと話をするんだ。マーボは気合を入れるのだが、次の瞬間には、気持ちが萎えてしまう。

彼のことを好きだし、そのことに偽りはない。

愛を告白したいのだが、マーボにはそれができなかった。

なぜならば、マーボはパンダだったからだ。

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西新宿の喫茶店「ブラジル」は、木目が綺麗なカウンターが自慢だ。

その右端に座ったマーボは、テーブルの下で拳を握りしめいていた。

ほんのりと匂い立つ湯気の先に、一人の青年が立っていて、慣れた手つきで珈琲を目の前にいる客に差し出していた。

今日も彼がカウンターに立っている。

それだけで胸が高鳴る。

こんなハンサムな男性とお付き合いしたら、どんなに幸せだろう?

でも、彼は人間で、マーボはパンダ。マーボはモデルの仕事をしていて、テレビにも出演しているちょっとした有名人だった。しかし、暮らしは決して楽ではなかった。有名人といっても、収入はそれほどでもないのだ。両親が働かないから、マーボの稼ぎで一家を養っていた。

パンダの生活は、コストがかかる。毎日、大量の笹を食べるのだが、これを調達するために莫大な費用がかかった。おまけに、弟と妹は特別な学校へ通っているので、学費もバカにならない。

マーボは骨身を削って働いた。

そして、朝のコーヒータイムだけが、マーボの憩いの時間だった。

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喫茶店「ブラジル」で働く彼は、今日もステキだ。

スラリとした体つきに手入れされた髪、柔らかな微笑み、少し低い声。

マーボの目に映る彼は常連さんと思われる客と話をしながら二つ目の珈琲を淹れていた。

「昨日の代表戦、二郎はどう思った?」

「うーん、消化不良。何であんなタイミングで本田下げるかな? もっと違う選択肢があったはずなのに」

「分かる、分かる!あの場面では残すべき。ハリルはどこ見てあんな判断したんだよ?!」

「そうですね。僕だったら中盤を……」

 

(あ、あの……私もそう思います……!)

 

マーボは口を開こうとするが、上手く言葉が出てこない。

彼と常連さんの会話の1割も理解できていないから、どこで口を出せばいいのか分からない。

 

昭和の雰囲気を随所に感じる喫茶店、ブラジル。

ここに通うようになって3カ月がたっていた。

彼に顔を覚えてもらいたくて毎日午前9時頃に店に行く。毎日カウンターの右端に座り、毎日ブレンドコーヒーを頼む。

毎日何か話しかける話題を探してくるものの、この3カ月でマーボが発した言葉は

 

「ブレンドをひとつ」

「ありがとうございます」

「ごちそうさまでした」

 

これだけだった。

差し出された珈琲カップを受けとる時も顔が上げられない。ついついカップの方ばかりを見てしまう。

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今日こそは!と意気込むマーボのスマートフォンがぶるりと震えた。

母親からLINEが来ていた。

 

【首尾はどう?】

マーボは手早く返信を送る。

【ううん、まだ何も】

案の定、すぐに返事が来た。

【なにうじうじしてるのよ、さっさと誘いなさいよ!】

【だって……常連さんとの話を邪魔できないし……何を言えばいいのか……】

【もう! じれったいわね! この後ランチを一緒にいかがですか? でいいじゃないの】

【それは……無理!】

【どうして?】

【私……人間じゃないし】

 

そう打ち終えてから、ため息をひとつついた。

スマートフォンを持つ手に目がいった。

体はけむくじゃら。

白と黒のツートンカラー。

丸い耳、丸い体、丸い顔。

私は……パンダなのだから。

いくらトレンドを取り入れても、ふっくらとした体型は隠しきれない。

モデルの仕事もどちらかといえば「ぽっちゃり枠」や「和み枠」というフォロー付き。

弟妹のため、家族のためと言いつつも、マーボはおしゃれをするのが好きなのだ。

 

【別にいいじゃない、そんなの。まずは声をかけること!】

そんな言葉の後に、Vサインのスタンプを送ってくる。

何ともお気楽な母親に、またしてもため息が出た。

(本当、他人事だからこうして言えるのよね)

こんな見た目だとわかっているから、余計に目線を合わせること自体がどうしようもなく恥ずかしい。

【じゃあ何のために毎日おしゃれして通っているの?】

何度目かの返信を見たマーボはハッとした。

 

それは……。

私に気づいて欲しいから。

ここにいるよって。

あなたを好きな女の子がここにいますよ。

 

彼に私を知って欲しいから。

 

【私に気づいて欲しいから】

【でしょう? だったらちゃんと言わないとダメよ!】

 

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「お待たせしました、ブレンドコーヒーです」

頭の上から声が降ってきた。

愛しい彼の声とともに、真っ白い珈琲カップが差し出される。

3ヶ月通ってすっかり慣れた香り。

落とさないように丁寧に受けとる。

カップをカウンターに置くや否や、マーボは「すみません!」と呼びかける。

「何でしょう?」

怪訝そうな顔をする青年。

ちょっと眉間にしわが寄った顔も素敵。

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そんなことをちらりと思ったマーボだったが、このチャンスを逃したくない気持ちを優先することにした。

「今度、一緒にご飯食べに行きませんか?」

(言った!)

マーボは自分の勇気に喝采をあげたくなった。

ちゃんと顔を見て言えた!

何とも言えない嬉しさがこみ上げてきた。

 

「ごめん」

眉間のシワをより深くしながら、青年は告げた。

 

「俺、パンダアレルギーなんだ」

 

そう言って、青年はそそくさと離れていった。

一瞬にしてマーボの心は天国から地獄へ落ちた。

 

(了)

 

注意:実際に西新宿にある喫茶店「ブラジル」には、

パンダの客もいませんし、イケメン店員もいません。

この小説はフィクションです。

 

(文・桜花ちゃん)

 

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