西新宿のヒプノセラピーサロンで働く女性が癒される

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■働く女性の悩みとは?

 

真実さんは悶々としていました。

自分でも何が問題なのか、何がいけないのか、よくわかっていないみたいです。

とにかく、始終イライラしてる感じなんです。苦しいんです。悶々としているんです。

自分の抱えている問題を解決したいのですが、何が問題なのか、その原因がわからないので、解決のしようがありません。

 

悩みの中心は仕事なんですが、仕事の何が問題なのか、何がいけないのかがわからないのです。

朝9時に出勤して夜6時に終業のはずなんです。

しかし、6時に帰られる日は、まずありません。10時くらいに仕事が終わる日が多いようです。

早くても9時です。ひどいときには、朝方まで仕事をして早朝5時の始発で家に帰るということもあります。

休日に出勤しなければいけないこともあります。つまり、拘束時間の長い会社なんです。

 

仕事の内容は、書籍づくり。

といっても、出版社ではありません。真実さんは、大学を卒業するとき出版社に入りたかったんです。

1流といわれるような大学ではありませんでしたし、成績もさほどいいほうではありませんでしたから、真美さんは、100社以上受けて全部不採用でした。

 

それで、出版社をあきらめて、編集プロダクションに就職したんです。

編集プロダクションというのは、出版社から依頼されて書籍の原稿を書いたり、写真やイラストや本のデザイン、それにまつわる雑用をする会社です。

いわば、出版社とほとんど同じような仕事をするのですが、出版社の下請けですから、出版社ほどいい給料はもらえません。

しかも、福利厚生や労働組合などないような小さな会社です。

 

真実さんは歴史が大好きでした。

大学生のころは、歴女と言われて歴史サークルによく顔を出していました。歴史のなかでも幕末が大好きで、坂本龍馬は真美さんの憧れの大スターです。

できれば、幕末に関する歴史本を編集したいのですが、真美さんがこれまでに手がけたのは、小学校教員試験ための参考書とか、お片付けの本とか、足つぼダイエットといった本でした。

 

真実さんは仕事にやりがいが感じられません。

たしかに、本づくりは好きだったはずなんです。入社当初は、自分の手がけた本が書店に並ぶことにちょっとした満足感や快感はありました。

でも、いまは、そんな感覚はまったくありません。

 

隣りの席の男子社員は魂の抜け殻みたいです。いつも青白い顔をして、トロンとした眠い目をしています。

しゃべるときもまったく覇気がありません。

「海道さん、手が空いたら手伝って欲しいんだけど・・・」言ってるそばから、目蓋が閉じようとしています。

「無理ですよね?」自分で言って、自分で納得して、またパソコンに目を向けます。

 

ちょっと可哀想ですが、真実さんも、手伝って欲しいくらい仕事を抱えているのです。

他人の仕事を手伝えるはずがありません。

 

社内を見回すと、まるでゾンビ集団のようです。

デスクに座ってパソコン画面に頭を吸い込まれそうになっているゾンビ。

雑誌や資料や本がうず高く積み上げられたデスクの山に顔をうずめて眠っているゾンビ。

フラフラと歩きながらコピー機にたどり着くゾンビ。紙コップのコーヒーをこぼしていることにも気づかないゾンビ。

 

社長さんがときどき顔を出します。

何か社員に仕事を振りたくて来たみたいですが、誰も手が空いていないことを確認すると「使えねぇ奴らばっかりだな」というセリフを吐いて社長室に戻っていきます。

 

会社のトップの社長さんも、忙しくしているみたいです。

トップから末端まで、会社のすべての人が、夜遅くまで働いているのです。

 

40過ぎのベテラン社員が真実さんにこんなことを言ったことがあります。

「仕事があるだけいいじゃないか。仕事がなきゃ、この会社も倒産して、ボクらは失業者だからね」

 

「でも・・・」

 

たしかに、その通りです。

失業者になって、また就職活動するのは嫌です。

真美さんは1人暮らしをしていますから、収入がなくなるとたちまち困ります。貯金などありませんから、家賃が支払えなくなったらどうすればいいんでしょうか?

 

しかし、こんな生活をいつまでも続けていたら病気になるかもしれません。それも、困ります。

真実さんは、いったいどうすればいいのでしょうか? この状況を我慢するしかないのでしょうか?

 

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■ブラック企業ってなに?

 

会社から阿佐ヶ谷のアパートまで電車に乗って帰るのですが、1時間半の行程です。

電車のなかに、酒に酔った男性の汗臭い匂いでいっぱいです。

朝のラッシュ時ほどではないけれど、体が密着するくらいの満員電車です。

 

たしか、世間では、盆休みなはず、と思うのですが、東京では働いている人がいっぱいいます。

盆休みなど関係ないのです。

電車のなかはクーラーがかかっているはずなのに、ちっともききません。ムワッとして汗が背中を流れ落ちます。

 

夜の満員電車は最悪です。

酔っぱらい客たちの匂いは耐えられません。

ハゲ男が真実さんの体にピタリとくっついています。顔立ちは若そうに見えます。実際、若いはず。

なのに、悲しいかな頭が寂しいことになっているのです。

なんか、可哀想だなぁと思うのですが、ハゲ男から酒の匂いがプンプン流れてくると、匂いに絞め殺されそうな気がしてきます。この匂い、絶対に好きになれません。

 

ビールに、芋焼酎に、日本酒も飲んでるでしょう。ニンニク料理も食べたに違いありません。

満員電車から、一刻も早く解放されたい、こんな生活から解放されたい、もっと自由に生きたい、と満員電車に乗るたびに思うのです。

 

何で、こんな人生を送ってるんだろ?

酒臭いハゲ男の体臭を感じながら、真実さんは思いました。

 

やっぱり、仕事なんだよね。

 

1日6時間くらいの労働で、月に30万円もあれば、かなり楽しく生活できるはず。

多くは望まないから、せめて30万円くらいは欲しい。年収にすると360万円。

日本人の平均年収よりも、少し低いけど、それくらいで十分。贅沢はいいません。

 

なのに、いまの会社にいるかぎり、それさえも叶えられないのです。

会社が悪いのでしょうか、それとも真実さんが悪いのでしょうか?

拘束時間は長いです。真実さんはまだまだ健康を維持していますが、うつ病になって辞めていった人たちが毎年数人はいます。10年近く勤めている真実さんは、うつ病社員たちを何人も見てきました。

 

胃潰瘍とか、狭心症とか、ストレスが原因といわれる病気で入院している人もいます。

こういう会社のことをブラック企業というのでしょうか。

 

そして、こういう会社を辞めることができずに働き続ける人たちのことを社畜というのでしょうか。

社長は社員に「アイデアを出せ!」と朝礼でよく言います。

本が売れないから、出版社の下請けである編集プロダクションに入ってくるお金は少なくなる、それでも社員に給料を出さなければいけないから、多くの仕事を少ない人数でこなさなければいけない、それで長時間労働になってしまうし、完成品も粗悪なものになる、粗悪品はますます売れなくなる、給料も少ないまま、悪循環になる、これを打破するにはイノベーションが必要なんだ、まったく新しいビジネスモデルが必要なんだ、そういうアイデアをだしてくれ、と社長は言います。

 

でも、そんなこと社員に言っても、ゆっくりと考える時間なんかありません。

そもそも、そういうのは、経営者が考えることなんじゃないでしょうか?

 

電車が新宿駅に滑り込みます。

真実さんは、新宿で地下鉄からJRに乗り換えます。

やっとハゲ男の悪臭から解放されます。午前0時をまわっているのに、新宿駅は人でいっぱいです。

集団で騒いでる若者たちがいます。カラオケで盛り上がったあとの帰りでしょうか。酔っ払って何かを歌っている男子がいます。心配そうにその男子の背中をさすっている女子がいます。大学生たちでしょうか、真実さんも、あんな時代があったなぁと、ちょっぴり感傷にふけったりします。

 

JRの電車も満員状態でした。

車内にはお酒の匂いが充満しています。酸っぱい匂いも混じっています。

見下ろすと、ドア付近にゲロが広がっていて、そこだけ台風の目のように雲がポッカリと空いていました。

 

真実さんは、中野についたとき、車両を変えました。そちらの車両のほうが混んでいましたが、ゲロと一緒にいるよりはマシです。

「ああ、こんな生活、いつまで続くんだろう」

と電車の窓ガラスに映った自分につぶやきました。

 

社長の言うとおり、イノベーションを起こせばいいんです。

画期的なビジネスモデルを生み出して、利益率の高いサービスを消費者に提供すればいいんです。売れる本を企画して、その本を出版すればいいんです。

 

でも、そんなアイデア、なかなか出てくるわけがありません。

脳ミソはいつの間にか、カチコチンの石よりも硬くなっているみたいですから。

電車は高円寺に着きました。真実さんのアパートは駅から歩いて15分ほどのところにあります。

 

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■問題を整理してみよう!

 

高円寺は真実さんの好きな街です。

商店街の通路に猫がジッとこちらを睨んでいたり、腰の曲がったおばあちゃんの荷物をロックミュージシャンの卵のような男の子が担いでいたりする光景を見たとき、ああ、いい街だなって思います。

 

女が1人でも入りやすいお店がいっぱいあります。

もっとも、西麻布や六本木あたりにあるようなおしゃれなバーがあるわけではありません。焼き鳥屋や沖縄料理屋さんが真実さんは好きで、時々1人でふらりと入ることがあります。

 

大学時代の下宿は八王子にあったのですが、当時から東京の街をぶらつくのが好きで、吉祥寺や下北沢、新宿などを街歩きしていました。

そんなとき高円寺を見つけて、就職したらここへ引っ越すんだと決めたのです。

 

帰り道に、いつもいく沖縄料理屋さんがあります。ビルの地下に降りていくのですが、地上に電飾看板があります。

看板に電気がついているということは、まだやっているみたいです。食事して帰ろうかなと思いましたが、疲れているので、早く家に帰ってシャワーを浴びたい気分です。

 

お店のドアが開く音がします。誰かが出てくるようです。階段を上がってくる足音が聞こえます。男の人の声がします。

聞き覚えのある声です。常連客の男性みたいです。

真実さんが好意を持っていた男性です。最近、彼女ができたという話を聞いたことがあります。

女性の笑い声も聞こえます。たぶん、その彼女でしょう。

 

真実さんは、恥ずかしくなって、ビルの影に隠れました。

地下の階段から地上へ出てくる男女をそっと覗いてみます。やっぱり、真実さんが好きだった男性とその彼女でした。

 

もう終電もすぎた時間です。彼女は男のマンションに泊まるのでしょうか。そんな妄想をしてみると、急に悲しくなりました。

「私、いったい、なにやってるんだろう?」

なぜか、涙がにじんできました。真実さんは走って帰ります。

 

アパートは築40年の木造モルタル造りです。網戸には穴が空いてますし、どこか古臭い匂いがします。

ユニットバスはカビだらけです。

真実さんは玄関を開けるとすぐに服を脱いで、カビ臭いユニットバスに入り、シャワーを浴びました。

 

両手で顔をおおいます。涙をゴシゴシと洗い落とします。

 

30歳までには結婚しようと頑張った時期がありました。見合いパーティや合コンに積極的に参加しても、なかなか相手は見つかりませんでした。

個人的にお付き合いしようとしても、デートの時間が取れないのです。仕事に休日を取られてしまうことがありましたし、疲れてそれどころじゃなくなることもありました。

風呂から出て、パジャマに着替えます。

 

ケータイ電話を見ると、メール相談の回答が来ていました。

数日前に、真実さんは、東京ヒプノセラピーサロンというところに、無料の相談メールを送っていたのです。

 

インターネットで検索していたら、そこのサイトにたどり着いたのです。

たしか、検索ワードは「仕事の悩み」とか「心の病」とか「潜在意識」とか、そういうキーワードを打ち込んでいたと思うのですが、よく覚えていません。

まるでジグソーパズルの最後のピースがはめ込まれるように、そのサイトに真実さんは吸い込まれていったのです。

 

そして、サイトに書いてある記事を3つほど読んでみて、無料相談メールを送ってみようと思いました。

真実さんは長文の相談メールを送りました。仕事がいかに忙しいかということをダラダラと書いてしまったのです

。自分でも何が言いたいのか、まったく整理できないまま送ってしまいました。その回答がきたみたいです。

 

その回答メールの書き出しはこうです。

『相談メールをいただきまして、ありがとうございます。花鰹アキです。

真実さまのお悩みを整理しますと、いまの会社を辞めるか辞めないかということで悩んでおられるわけですよね。それで、よろしいでしょうか?』

 

なるほどと思いました。自分は、いまの会社を辞めるか辞めないかで悩んでいたのか、と真実さんは思ったのです。

回答メールはさらに続きます。

 

『辞めたい理由は、仕事が忙しくて、自由な時間が取れないということですよね。

結婚もしたいけど、恋愛などしている時間もないし、心の余裕もないということですね。

辞められない理由は、今辞めると周囲に迷惑がかかるということと、仕事がなくなると生活できなくなるということ、そして、本来、本作りは憧れていたし好きな仕事だということですね』

 

自分の気持ちが整理されると、スッキリとしていくようで真実さんは不思議な気持ちになりました。

 

『会社を辞めるということには、スピリチュアルな視点で解釈すると、2つの意味があります。

1つは、魂の成長です。忙しくて自由がない職場にいるということは、ある意味、試練が与えられているということです。真実さんが、この試練を乗り越えて対処の仕方を身につけたとき、真実さんは大きく成長します。1つステージがあがるのではないでしょうか。

もう1つの意味は、車線変更です。真実さんの魂が、あなたの幸せになる道はこっちじゃないですよ、と教えてくれているのです。試練なのか、車線変更なのか、それは、私にもわかりません。真実さん自身が、自分の問いかけてみるしかないのです。もしよろしかったら、個人セッションに来てみませんか?

個人セッションの申し込みはこちらです

長文の回答メールだなと思いました。真実さんは、そのメール文の長さに、誠実さを感じました。

 

申し込みページに入ると、個人セッションで何をするのかが書いてあります。

最初の1時間はヒアリング、次の1時間は、ヒプノセラピーの催眠誘導、そして、最後の1時間でカウンセリング、合計で3時間のセッションだということがわかりました。

 

値段は2万8千円。一瞬、高いなという思いがよぎります。

でも、ケータイの通信費に毎月2万円近く払っているし、出会い系アプリやゲームアプリに毎月1万円以上はつぎ込んでいるのです。

昔は、ケータイもアプリもありませんでした。無くても生きていける、無駄なものです。

 

一方、いま抱えている問題は、一刻も早く解決しなければ生きていけません。

心の病気になってしまうかもしれませんし、死にたいと思うようになるかもしれません。一生に関わる問題です。自分1人では解決できない問題です。

ここは、専門家の力を借りる必要があるかもしれません。

 

それに、この花鰹アキさんに会ってみたいという気持ちも少しありました。

回答メールを読んでいるうちに、心が少しだけ軽くなったような気がするのです。ホラー映画ばかり見たあとに、ディズニーのハッピーエンド映画を見たような感覚です。

 

目の前に垂れ下がった蜘蛛の糸につかまって昇っていけば、極楽に行けそうな気がしてきました。

真実さんは、蜘蛛の糸に飛びつくような気持ちもで、個人セッションに申し込みました。

そして、次の休日に急な仕事が入らなければいいけどなぁと、思いながら眠りました。

なぜかはわかりませんが、何年かぶりに、真実さんはグッスリと眠ることができました。

 

woman by the psychologist

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■ヒプノセラピーってなに?

 

JR新宿駅の西口改札を出ました。都庁を過ぎると新宿中央公園があり、真実さんは緑のしたを歩きながらふと空にそびえる都庁を見上げました。

木々の葉は生い茂り、天から蝉の鳴き声が降ってきます。

 

蝉しぐれ。まさに雨のように真実さんの身体を蝉の声がスッポリと包み込んでしまうようでした。

 

熊野神社交差点に交番があり、そこの案内図を見て、場所を確認します。もう、目の前まで来ていることがわかりました。

 

ドキドキしてきました。ヒプノセラピーなどはじめての体験です。ヒプノセラピーは催眠療法であることはインターネットで調べてわかりました。

催眠状態は、暗示がかかりやすいので、それまでにかかってしまった悪しき暗示や思い込みを新たな暗示で書き換えることができるというのです。

 

たとえば、小さい頃、母親から「あなたはダメな子ね」と言われたことをいつまでも気にしていると、心のなかで「自分はダメな子なんだ!」と何度もつぶやいてしまいます。

繰り返し「自分はダメな子だ」と自分に言っていると、いつの間にか暗示がかかり、本当にダメな子になってしまいます。

つまり、すべての暗示は自己暗示なんです。

この自己暗示は大人になっても続きますので、自己評価の低い大人にになってしまいます。

仕事をしていても、自己評価が低いですから、なかなかデキる人にはなれません。失敗ばっかりして新しいスキルはちっとも身につかないのです。

 

東京ヒプノセラピーサロンは古いマンションの6階にありました。

オートロックのないマンションですから、真実さんは、エレベーターで6階に行き、通路を歩きます。部屋のドアに、小さなプレートがありました。

「東京ヒプノセラピーサロン」とあります。ドアフォンを押します。

すると、なかから「ふあぁい」という女性の声が聞こえました。

 

ドアが開き、背の高いグラマラスな女性が満面の笑みで「お待ちしてました。海道さんですね」と言います。言ったあと「キャッ」と笑います。

この女性の癖のようです。年齢は30代なかばでしょうか。美しい顔立ちのなかで幼さの残る瞳がクリクリとしていますが、ほうれい線や肌の感じは30代のそれを思わせました。

 

「はい」

真実さんは、恐る恐る部屋の中に入ります。靴を脱ごうとしたら、

「靴は履いたままでいいんですよ。キャッ」

と女性が言います。女の真実さんでさえ、その女性の大きな胸の谷間につい目がいってしまいます。

 

その視線に気づいたのか、女性がニコっと笑いました。

「ケケケケっ」と、また奇妙な笑い声をあげます。

 

小柄な男性が、やってきて「こんにちは、花鰹アキですよん。この人はボクのお嫁ちゃんで、マイちゃんっていうのね。ボクが56歳で、マイちゃんが38歳、18も違うんですよぉ。スゴイでちょ?」

なんだ、この人は、と思いました。なぜか、赤ちゃん言葉なのです。ビックリしました。

 

花鰹夫婦が横に並んで、同時に「ようこちょ」と言うのです。

プっと思わず吹き出しそうになりました。何で、2人そろって赤ちゃん言葉なのでしょうか。

 

奥さんのほうが背が高くて、ご主人のアキさんの頭が奥さんの鼻先のあたりにありました。

アキさんは、ジーンズにアロハシャツ、頭髪は長くて肩にかかっています。マイさんは肉感的な体の線がくっっきりと浮き出るワンピースでした。

「じゃ、先に、セッション料をいただいちゃってもよろしいでちょうか?」

 

ご主人のアキさんがそういうと、奥さんのマイさんが「キャッ!」と笑います。夫婦漫才でも始まりそうな雰囲気でした。

 

真実さんは、財布のなかから、お札を出し、おつりのないように支払いました。

アキさんが、両手で捧げるようにお札を受け取りますが、その間も、奥さんのマイさんは、子猫のようにアキさんの背中やお尻を指で触ったりして、まとわりつきます。

アキさんが、それに気づいて、振り向いてニッコリとします。すると、マイさんも嬉しそうに笑います。仲のいい夫婦だなと思いましたが、ちょっとイラっとしてきました。

 

羨ましいという気持ちを通り越して、腹立たしい感じがしたのです。

「ごめんなちゃいね。ウチら、まだ新婚なもんでちゅから」アキさんはニッコリとします。

「新婚って言っても、もう2年目なんですけどね」

アキさんが言うと、またマイさんが「キキキっ」と笑います。

おもしろいことを言ったぞ、というようなドヤ顔をアキさんがするのですが、真実さんは、あえて笑いませんでした。笑ったら負けのような気がしたのです。

足を投げ出して座るソファに案内されました。真実さんは、靴を脱いで座ります。

 

マイさんが、ニコニコしながら、ハンドマッサージをしてくれました。

マッサージの腕前はかなりのもので、真実さんはうっとりとします。

指をマッサージするだけで、こんなにも気持ちのいいものなのかと思いました。

「メールで、いくつか、お話しはお聞きしまちたが、もう一度、どのような問題を抱えているのか、お話しいただけまちゅか?」

アキさんは、バインダーを片手に持って、真実さんの話すことを書きとめていきます。

 

真実さんは、仕事の拘束時間が長いことや、退職しようとしても、なかなか辞められないことなどを話しました。

話しているうちに、自分が愚痴を言っているのかもしれないと思いました。

「真実ちゃんは、いまのお仕事を辞められないと言っていまちゅけど、それって、観念でちゅよ。思い込みといってもいいでちゅ。サッサと辞めちゃう人は、真実さんの会社にも実際、いっぱいいたでちょ?」

「はい」

「会社の上司に引き止められたり、悪者扱いされるかもしれまちぇんけど、辞めることは可能でちゅよね?」

「ええ、まあ」

「ヒプノセラピーははじめてですか?」

「はい」

「ヒプノセラピーは催眠という特殊な状態の特性を生かして、真実ちゃんの、その観念や思い込みを外すことができるのね。

辞められないと思い込んでしまったままだと、いつまでも辞めらないでちゅよね。

いまの会社をステキな会社に変えようとすると、社長や重役や上司たちから、凄まじい抵抗を受けることになりまちゅけど、真実ちゃんが変わるのは、今日からでもできまちゅよね。

ブラック企業をホワイトに変えるヒーローになりたいですか? それともサッサと辞めてしまいたいでちゅか?」

 

「でも、辞めると、生活ができなくなるかもしれません」

「それも観念でちゅよね?辞めたら生活できなくなると思い込んでるだけでちゅよね。先に転職先を見つけてから辞めてもいいでちょ?  独立して起業したっていいんでちゅから」

「起業なんて、私には無理ですよ」

「私には無理、というのも、観念でちゅよね。この観念というのは、ある意味、暗示なんでちゅ。

小さいころ、お母さんかお父さんか、学校の先生かに、『お前には無理だ』って言われたことをきっかけにして、心のなかで、『ああ、私には無理なんだ』と何度もつぶやいていたんじゃないでちゅか?」

「どうでしょう?」

「思い出してみてください。真実さんの口から、『私には無理でちゅ』って、人生のなかで、何回言っていますか?  心のなかでもいいんですけど、何回くらい言ってると思いますか?」

そういえば、しょっちゅう言ってるなぁ、と気がつきました。会社でも、「そんなことできません」とか、「やったことないもん」とか、「無理無理」とか、口癖のようになっていたかもしれないなぁと思いました。

「言ってたかもしれません」

「でちゅよねぇ。催眠状態になると、新しい考え方を受け入れやすくなるんでちゅよね。『転職するなんて、私には無理』という思い込みを外して、『私にもできる』という考えに変えることができたら、いいと思いまちゅか?」

「そうですねぇ」

「考え方が変わると行動が変わりますし、言葉遣いも変わりまちゅよぉ。行動が変わると、習慣が変わって、人生が劇的に変化しまちゅよ」

「はあ」

にわかに信じられない感じがしました。ハンドマッサージが終わり、マイさんは立ち上がり、ハンドクリームを持って部屋のスイッチを消しに行きました。

「では、さっそく、催眠に入りましょう」

アキさんがそう言うと、部屋の明かりが消えて暗くなりました。

 

 

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■守護する存在は竜馬だった

 

「さあ、目を閉じて、深呼吸しまちょうねぇ」

アキさんが子どもあやすように言いました。ソファに横になり、全身の力を抜いてリラックスすると、なぜだか、アキさんの赤ちゃん言葉が心地よく感じられます。

不思議な気持ちでした。

 

アキさんの誘導で、真実さんは、イメージの世界で遊びました。

「3つ数えたら、そわやかな高原へ飛んでいきまちゅよぉ。3、2、1すうっと・・・」

真実さんは、高原でお花をつんだり、小川で遊んだり、小鳥の鳴き声を聞いたりしました。高原のおいしい空気を吸って、いい気持ちで遊んだのです。

「それでは、大きな木の下のベンチに座って、セッションを行いまちょうねぇ」

「はい」

夢遊病者のようなおぼつかない声で真実さんは答えます。

 

「真実ちゃんを守護する存在を呼び出してみまちょうねぇ。どんな人があらわれますかねぇ。

もしかすると、人間じゃないかもしれませんよ。小鳥や花やお月さまかもしれまちぇんよぉ。楽しみでちゅね。それでは、行きますよ。3、2、1、すうっと」

 

アキさんは、そう言って、真実さんが何か言い出すまで、ジッと待っていました。真実さんは、目を閉じているので、アキさんが、どんな姿勢でいるのか、わかりません。

しばらくすると、真実さんの頭のなかの白いモヤが少しずつ晴れていきました。

真実さんは、ビクっと肩を上げてしまいました。

 

「どうしましたか?  何か浮かんできちゃいましたか?」

「はい」

「何が浮かんできたのでしょうか?」

 

「竜馬です。坂本竜馬が出てきました」

「そうでちゅか。竜馬さんは、どんな顔をしていますか? 笑っていますか、それとも怒っちゃってますか?」

「どうでしょうか。笑ってもいないし、怒ってもいません」

「竜馬さんに、何か聞いてみたいことはありまちゅか?  何でも質問すれば答えてくれまちゅよ」

 

しばらく考えてから、「今の仕事は辞めたほうがいいでしょうか?」と真実さんは尋ねました。

 

「それでは、竜馬さんのなかへ入ってみましょう。3つ数えたら、竜馬さんのなかへ入りますよ。3、2、1、すうっと」

「竜馬さん、竜馬さん」アキさんは、目を閉じてイメージの世界で遊んでいる真実さんに向かって、呼びかけます。

「いま、目の前の、真実ちゃんが、仕事を辞めたほうがいいのかって尋ねていまちゅよ。竜馬さん、それを聞いてどう思いますか? 竜馬さん、答えてあげてください」

竜馬さんになった真実さんは、心のなかに、言葉が浮かんでくるのを待ちます。

「お主の魂が1番喜ぶことはなんじゃき? それを、考えてみうぜよ!」

「それじゃぁ、真実ちゃんに代わるよ。3、2、1、すうっと」アキさんは、少し間をおいて「真実ちゃん、真実ちゃん」と呼びかけます。

「真実ちゃん? いま、竜馬さんが、魂が1番喜ぶことをみつけなちゃいって言ってるよ。それ聞いて、どう、思うう?」

 

真実さんは、そこに、竜馬さんがいて、自分が本当に、竜馬さんと対話しているような錯覚を持ちました。リアルな感覚です。

『魂って、何ですか?』

『魂ちゅうたら、魂じゃきに。考えることを辞めてみるぜよ。考えることを辞めても、そこにある意識ちゅうもんがあるがよ。それが、魂じゃきに』

『この意識が魂なんですか?』

『そうじゃき。考えることを辞めたときに浮かんでくる言葉が、魂の声じゃきに。その声を聞いてみゆう』

『どうすればいいんですか?』

『静かに息をしてみゆう。呼吸に意識を向けちょレバ、考えることはあるまあがに。そのとき、そっと、仕事を辞めたほうがええがか、聞いてみるぜよ。ほれ、やってみゆう』

『はい』

 

真実さんは、竜馬さんに言われたとおり魂の声に耳を傾けてみました。

『私の魂は、本作りがやっぱりしたいって言ってます』

『本を作るんは、その会社じゃなきゃいけんがか?』

『いえ、他の会社でもできることです』

『自分で会社を作ってもええぜよ?』

『そんなことできません』

『なぜ、できんがか? 魂は、どういうちょる?』

『それは、自分で会社を起こして、自由に本作りができるのが、1番いいって思います。でも・・・』

『でも、なんじゃ?』

『起業するのは、難しいかと・・・・』

『不可能じゃ、なかろ? 』

『それは、そうですけど・・・』

『じゃったら、挑戦してみるぜよ。わからんことは、学べばええがじゃ。魂が1番喜ぶことをやれば、ものすごい力が湧き上がってきて、知らないとこで、いろんなもんが、動きだちゅうがよ。気がついたら、意外に簡単に夢が叶うがぜよ』

『そうなんですか?』

『そういうもんじゃきに』

『でも・・・』

『でもじゃないぜよ。やりたいんか、やりたくないんか、どっちじゃ』

『やりたいです』

『決まったぜよ』

真実さんは、言い知れぬ爽快感を味わっていました。ストンと腹に落ちたような気がするのです。

ずっと悶々としていた曇り空が、スッキリと晴れたのです。

 

真実さんと竜馬さんはハグしてお別れしました。

「また、会いましょうね、といって、お別れしまちょうねぇ」

アキさんの声が聞こえます。

「それでは、催眠を解いていきまちょう」

アキさんの「1、2、3・・・」というかけ声とともに、真実さんは、目を覚ましました。

 

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■プラシーボ効果とは?

 

「どうでちたか? 大好きな竜馬ちゃんが来てくれまちたねぇ」

アキさんがニコニコしながら言います。部屋の照明をつけに行っていたマイさんが、ホットのルイボスティーを持ってきました。

 

「どうぞ。うちではね、いつもこれを飲んでるんでちゅよ。カフェインがないし健康にもいいしね。なんといってっも、活性酸素を除去するSODが入ってますからね。

AVかいしゃのソフト・オン・デマンドじゃないちゅよ。

スーパー・オキシド・ディムスターゼね。活性酸素って、老化の原因っていわれてるんだけど、それを分解してくれる酵素なんでちゅよ。

あれ? ちょっと難しかったかなぁ。ま、とにかく、これを飲めば、いつまでも若々しくいられるってわけなのね」

 

「はあ」

真実さんは、一口飲んでみましたが、このお茶が、そんな効果があるなんて信じられません。そりゃそうでしょ。

人間は誰だって年老いていくわけですし、それにともなってはだにはシワやらシミやらができて、足腰が立たなくなるのは、自然の道理です。

でも、アキさんから、このお茶を飲めば、若返ると言われると、ちょっぴりですけど、そうなのかなと思いました。

 

「あれ? いま、このお茶を飲むと若返るかも、って思いまちた? それね。プラシーボ効果ってやつですよ」

「プラシーボ?」

 

「SODには活性酸素を分解する酵素があることは、ちゃんと偉い学者さんが研究して証明されてるんだけど、それよりも、プラシーボ効果のほうが、大きいかもね。癌患者さんに、これは癌に効く薬ですって、ただの風邪薬を渡されたとき、これはホントに癌に効くんだって信じた患者さんは、その薬を飲んで癌が治ったっていうお話、聞いたことないでちゅか?」

 

「そういうことですか」

「若返るお茶だって信じて飲めば、ホントに若返るってことなのね」

「はあ」

わかったような、わからないようなシックリこない感じです。

 

「今日、竜馬ちゃんと対話しまちたよね。ここに竜馬ちゃんの霊が来てくれたんだと信じるかどうかなんでちゅよね。

信じれば、真実ちゃんの人生がガラリとかわりまちゅよ。だって、信じた患者さんは癌が治っちゃうんですからね。スゴイことでちょ」

 

「信じなければ、いまのままってことですね」

「ま、そういうことでちゅね。たとえばね。真実ちゃんは、会社の同僚から仕事のことでアドバイスを受けたら、その忠告通りにしますか?」

「たとえば、どんなアドバイスですか?」

 

「会社、嫌なら辞めちゃえばって」

「たぶん、辞めないと思います」

「ですよね。じゃ、よく女子会とかするお友だちが言ったらどうでちゅか?」

「参考程度にはすると思います」

「ですよね。じゃあね。竜馬ちゃんが言ったらどうでちゅか?」

「それは、本物お竜馬さんが私に言ってくれたのなら、その通りにしますよ」

 

「でちゅよね。今日ね、本物の竜馬ちゃんが真実ちゃんに逢いにきたんだよ。そしてね。これからは、いつでも竜馬ちゃんに逢えるよ。

今夜から、寝る前にベッドで、静かに目を閉じて、竜馬ちゃんと対話するようにしてみて。何でもいいから質問すると、竜馬ちゃんが答えてくれるよん」

 

「やってみます」

とは言ったものの、まだ半信半疑でした。しかし、なけなしのお金をはたいたのに、ちっとも人生が好転しなかったら、嫌だなぁという思いもありました。

「竜馬ちゃんの霊がホントにここへ来たかどうかは、なかなか信じられないかもしれないけどね。でもね。

真実ちゃんの潜在意識がいまの真実ちゃんにもっとも必要なメッセージを、もっとも受け入れやすい形で、真実ちゃんに見せてくれたと考えたらどうでちゅか?」

 

「ごめんなさい。もう一度、言ってください」

何か重要なことを言われた気がしたんですけど、ボウっとしていたので、聞き逃してしまいました。

 

「人間には自然治癒力って、あるのね。腕に傷をしたら、一瞬、血がでるけど、その血も止まって、かさぶたになり、何もしないのに自然に、新しい皮膚が再生されるでしょ。

あれって、自然治癒力ですよね。心を病んだときも、自然に治る仕組みがあるのね。

恋人が交通事故で死んじゃって、自分も死のうとしていた女性の前に死んだはずの恋人の霊があらわれて『お前は生きろ』って言ったのね。

それまでいろんな人がアドバイスをしてくれたのに、自殺願望は消えなかったんだけど、恋人の霊に言われたとき、泣きながら『もう少し生きてみよう』って思ったっていう話、聞いたことない?」

 

「そういうことがあるんですか」

「その女性には、恋人の霊が見えたわけだけど、それって、単なる幻覚かもしれないよね。

幻覚だとしたら、その幻覚を見せたのは、その女性自身だよね。つまり、その女性の持つ自然治癒力によって幻覚があらわれたと考えられまちぇんか?」

 

「自然治癒力と幻覚が、イマイチむすびつかないんですけど、、」

「いまは理解できなくても大丈夫。とにかく、真実ちゃんは、竜馬ちゃんのアドバイスにしたがってみて。

自分の考えとは違うアドバイスを受けることがあるかもしれないけど、竜馬ちゃんの言う通りにすれば、必ず幸せになりまちゅよ」

 

「でも・・・」

「でも、何? 政治活動のデモだったら永田町でやってね」

アキさんが、そんなおもしろくもないダジャレを言うと、すかさずマイさんが「ケケケケ」と笑います。ホントに、この夫婦は、漫才みたいだなと真実さんは思ったのでした。

 

 

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■私の魂は、どんなことに完全燃焼したがっているんだろう?

 

真実さんは、高円寺の自分のアパートに帰りました。

不思議な感覚が帰りの電車のなかから、ずっと続いています。足が地についていないような感覚。

駅からアパートまで歩いているときも、体は地上の1メートル付近を浮遊しているような感覚。

アパートの階段をあがるときも、ドアノブに手をかけたときも、部屋に入ったときも、ユニットバスでシャワーを浴びたときも、自分はそこにいるけど、肉体は自分ではなく、乗り物を運転しているような感覚が始終、真実さんをとらえていました。

 

思考がストップしているような感じです。いままでなら、会社へ行くのが嫌だなぁとか、職場のあの人とは一緒に仕事をしたくないなぁとか、このまま独身で最後はこのアパートにで孤独死するのかなぁとか、いろいろと考えてしまうのですが、いまは、そういう思考がストップしていました。

 

これも、ヒプノセラピーの効能でしょうか。真実さんにはわかりません。

もしかすると、真実さんにだけ出てくる症状かもしれませんし、誰にでも起こることなのかもしれませんが、今日がはじめてのヒプノセラピー体験ですから、真実さんには理解できませんでした。

 

ひょっとして、これは、潜在意識のフタがパッカリと開いている状態なのでしょうか?

 

真実さんは、扇風機の風にあたりました。網戸から真夏の夜の冷気が流れ込んできますが、シャワーのあとの汗はなかなか引きません。

顔に風をあてているとき、やっと自分の肉体を感じるようになりました。

 

しばらく、ボウっとしています。何も考えず、呼吸に意識が向いている状態です。

過去のことを考えて後悔したり怒りを感じたりしませんし、将来のことを考えて不安になったりもしません。ただ、呼吸を感じているだけです。

 

そのとき、フアッと、白い煙がたちました。その煙はだんだんと人間の形になり、輪郭がはっきりとしてきます。

さらに、目と鼻と口などがハッキリと見えてきました。服装も見えてきます。ボロボロに汚れた着物に袴をはいた武士のいでたちです。

 

『よぉ! 覚えちょるがか? ワシぜよ』

『竜馬さん』

これは幻覚でしょうか?  真実さんの潜在意識が見せている幻像でしょうか?

 

『オマンは、スゴい力を持ってるぜよ。 何を迷う必要がある。好きなことをやったらええがぁよ』

『会社を辞めるってことですか?』

『ワシも、土佐藩を脱藩するときは、ちょびっと罪悪感があったぜよ。乙女姉さんやら、兄さんやら、町のみんなを捨てて行くじゃからのぉ』

『別に罪悪感があるわけじゃないんですけど・・・』

『会社を辞めるとみんなに迷惑がかかるって言うちょっとじゃないがか?』

『たしかに、それもありますけど、1番大きいのは、会社を辞めて、ちゃんと生きていけるかどうかってことですね』

『不安がか?』

『不安はあります』

『ちゃんと生きていけるかどうかは、やってみないとわからんぜよ。食えなくなって、野たれ死ぬかもしれんし、明日交通事故にあうかもしれん』

『怖いこと言わないでくださいよ』

『野たれ死ぬのが怖いがか?』

『それは、怖いですよ』

『どうせ、一度は死ぬんやぞ? 明日死ぬかもしれん、と思うて、今日を生きてみたらどおじゃ?』

『そんなこと言われても、無理ですよ』

『なぜ、無理だと決めつけてしまう? オマンには、素晴らしい力があるんじゃぞ?  その力を発揮せんままに、年老いて朽ちていくんか? そんな人生で、ホンマにええがか?』

『だって、怖いんだもん』

 

真実さんは、急に涙があふれてきました。

会社を辞めるのは怖いけど、でも、このままでは嫌なんです。いったい、どうすればいいのかわからくなってしまいました。

 

『生き方を変えるには、物凄い力が必要なんじゃき。ワシじゃて、土佐藩を脱藩するときは勇気がいったぞ。飯が食えんようになったどうしようちゅう不安もあった』

 

『竜馬さんさんが?』

『そりゃ、そうじゃ。ワシじゃて、不安になることはある。じゃけど、ワシは、日本のために自分の命を使うと決めたんじゃき。どこで野たれ死のうとかまわん、ちゅう覚悟はあった。その覚悟で飛び込んでいったら、案外、道は開けていくもんじゃぞ』

『そんなこと言われても・・・』

『魚のシャケを知っとるか?』

『はあ』

 

『シャケはのう。産卵するために、生まれ故郷の川に戻ってくるんじゃ。

誘惑にも負けず、敵にも負けず、ときには、仲間がクマに食われてしまっても、決してあきらめず、激流をさかのぼっていくじゃぁ。

目的地に着いたときゃ、そりゃ、もう、ボロボロよ。燃え尽きて、フラフラになった体で産卵するんじゃ。

でもなぁ。実は、みんながみんな、そういう生き方をしとるわけじゃないきに。

産卵なんかせずに、安全な海でノウノウと暮らしとるシャケもおるがじゃ』

 

『そうなんですか?』

『オマンは、どっちの生き方を選ぶんじゃ? 激流の川を全力でのぼっていくシャケになるんか? それとも、安全な場所で、ノウノウと暮らすんか? どっちじゃ?』

『安全な場所で暮らすことがいけないことなんですか?』

 

『いけんこたぁないきに。そういう人生を経験したいんならすればええ。

ボロボロになって産卵する道を選ばんでもええがじゃ。

じゃけど、オマンの魂は、ボロボロの灰になるまで完全燃焼してみたいちゅう気持ちがあるがじゃろ?  どうがじゃ? ないがか?』

 

『どうでしょう?』

『ええがか? これは、ワシからの最後のお願いじゃ』

『はい』

『毎日、自分に、こう問いかけるんじゃ。私の魂は、どんなことに完全燃焼したがっているんだろう? ってな。これならできるがじゃろ?』

『はい』

『毎日、毎日、自分に問いかけるがぞ?』

『毎日ですか?』

『そうじゃ。毎日じゃきに』

『できるかなぁ』

『忘れそうなら、紙に書いて貼っておけばええきに』

 

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■真実さんの3年後は?

 

3年後のことです。暑い夏の日の午後でした。

真実さんは、丸ノ内線の西新宿駅をおりて、エスカレーターで地上へ出ます。真実さんは、クライアントが待つファミリーレストランへ入っていきました。

 

クライアントさんは、すでにテーブルに座っていました。

黄色のワンピースに黄色のパンプスといういでたちで、上品さがにじみでています。ロングヘアもキューティクルがキラキラしていて、綺麗です。一分も隙のない外見でした。

 

40代の女性です。エステサロンを経営していて、年商は50億を越えています。

最近では、女性起業家を育成するための活動をしています。名前は、神楽坂洋子さん。

 

「ホントにありがとうね。あなたのおかげよ」

洋子さんは、真実さんのコンサルティングを受けて、本を出版することになりました。

そのお礼と、今後のPRキャンペーンについて相談したいということで、打ち合わせに来たのです。

 

「出版が決まって、ホントによかったですね」

真実さんは、編集プロダクションを辞めて起業したのです。出版したいと考えている人のためのコンサルティングをしています。

「今日は、私がおごるから、好きなものを食べてちょうだい」

「ありがとうございます」

 

そのとき、ファミレスの玄関が騒がしくなりました。

そこには、風変わりな男女がいました。背の高いグラマラスな女性と、背が低くて小太りの男性です。2人はおそろいのアロハシャツを着ています。

見覚えのある男女です。それは、アキさんとマイさんでした。

 

事件は、アキさんが巻き起こしたみたいです。

ファミレスの女性スタッフが悲鳴をあげ、それを聞きつけた、店長や他のスタッフたちが出てきました。

 

どうやら「ようこそ」と出迎えるファミレスの女性スタッフに、アキさんがいきなり抱きついてハグしたみたいなのです。

どうしちゃったんでしょう。店長たちがやってきても、アキさんは、女性スタッフの手をやさしくさすって「ヨシヨシ」としています。

すると、不思議なことに、「ヨシヨシ」とされている女性スタッフがオイオイと泣きはじめたのです。何が起きたのでしょうか?

 

アキさんは女性スタッフの肩を出して、またもや「ヨシヨシ」としながら、

 

「もう、大丈夫だよ。心配しないでね。安心しな。君は、魂が一番喜ぶことをすればいいんだよ」

と言いました。

 

店長がとがめるような口調で言います。

「お客さま。私どものスタッフに何か御用でしょうか?」

「いえいえ、ボクはね。この子がいま一番必要なことをやってあげてるだけなんでちゅよ」

アキさんは、店長に向かってニッコリとします。

 

店長は、アキさんのペースに乗らないぞ、とでもいうように、毅然とした表情をしていました。

「申し訳ございません。他のお客さまのご迷惑になりますので、その手を、離していただけませんでしょうか?」

「え? これがダメなの?」

アキさんは、女性スタッフの手を握っていた手を離します。そして、ふたたびギュウッとハグしました。

 

「何かあったらうちにおいでね」

アキさんがそう言うと、グラマラスなマイさんが、サッと割り込んできて、名刺を差し出します。

「1人で悩んでないで、専門家に相談してね」

とマイさんは言いました。

 

アキさんさんが、真実さんに気づいて、大きな声をあげます。

「おやおや? 覚えてますよん。名前は何て言いましたっけ?」

アキさんが、真実さんたちのテーブルにやってきました。

「真実です。海道真実です」

「はいはい。真実ちゃんね。覚えてまちゅよん」アキさんは、ふと洋子さんに目を向けて「おや?」と言います。

「え? 何か?」

 

洋子さんは、笑顔を浮かべながらも、どこか驚いた様子です。

アキさんのことを失礼に思っているわけではなく、自分の内側を覗かれたような恥ずかしさを感じているように、真実さんには見受けられました。

 

「松下幸之助さんって知ってまちゅか?」

「はい。私がもっとも尊敬する経営の神さまです」

洋子さんは、キョトンとして、答えます。何がなにやらわかりません。

「会いたいですか?」

「はい」

 

洋子さんは、思わず、そう答えました。

でも、よくよく考えてみるとおかしな話です。何十年も前に亡くなった人に会えるわけありません。それを、「会いたいですか?」と聞くのは、むちゃくちゃな質問です。

 

アキさんには、世間の常識とかルールはあてはまらないのかもしれません。

でも、そのとき真実さんは、ふと思い出しました。自分がヒプノセラピーで坂本竜馬と対話したことを・・・。

グラマラスなマイさんが、洋子さんに名刺を差し出します。

 

「何かありましたら、ご連絡ください。ご予約はインターネットで受け付けておりますので、よろしくお願いします」

そう言ってマイさんはニッコリ笑い、アキさんの腕を取って「それじゃ」とテーブルを離れていきます。

「じゃあねぇ」

アキさんが手を振ります。

アキさんとマイさんは、前の客の食べ終わった食器類をまださげてない

窓ぎわの席に座りました。慌てて食器類をさげる女性スタッフにアキさんはニッコリと笑います。その横顔を眺めながら、真実さんは、心温まるものを感じていました。

洋子さんは、マイさんからもらった名刺をしげしげと眺めていました。

 

(了)

 

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