新宿小説『穴掘り男』

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その男は穴を掘っていた。
それだけなら何てことはない。それが新宿中央公園、しかも花見客が大勢いる中でなければ。


他の桜よりもひときわ大きい幹に、今日明日がピークだとばかりに咲き乱れる桜の花の下で、男は穴を掘り始めた。
持ってきたスコップを両手で握り締め、全身を使って桜の木の根元を掘り返した。
「おいおい、なんなんらよ。人がせっかく気分良く花見をしてうってのにおぉ」
ワイシャツを腕まくりし、頭にネクタイを巻いた男が野次を飛ばした。日曜日の昼下がりだというのに、早くも呂律が回っていない。

「何も今、始めることはないじゃないか」
レジャーシートに掘り返した土がかかったのを見て、家族連れの父親が吐き捨てるように言った。

男は何も答えず、ただ黙って黙々と土を掘り返していた。
「ったく、これだからお役所仕事ってのは……」

父親は仕方なしにレジャーシートを半分ずらし、また幼稚園の息子たちと会話を再開した。
僕がその奇妙さに気づいたのは夜のことだった。大学の同級生と高田馬場の鳥安で酒を酌み交わした帰り道に、新宿中央公園を横切った時だ。深夜0時近いのに、男はまだ穴を掘っていた。さすがに夜桜を楽しむ人もいなくなり、辺りは閑散としていた。穴は男の膝くらいまでの深さになっていた。
「妙だな」
僕は誰に言うともなく呟いた。たとえ公共の工事であったとしても、こんな時間まで作業をしているはずはない。
もしかしたら道路工事の類なのかもしれないが、だったら1人きりで作業をしているのは明らかに不自然だ。
あるいは自分が思いのほか酔っ払っているのではないかと思い、その場で夜風に当たりながらミネラルウォーターを飲んでみた。確かにほろ酔いではあるが幻覚を見るほどではない。

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■なぜ男は穴を掘っているのか?

 

僕は思い切って男のそばにより、尋ねてみた。
「何をしているのですか?」
男は答えずに黙々と穴を掘り続けた。

何故、この男は答えないんだろう?

そう考えて、自分の質問があまりにマヌケなことに気づいた。

何をしてるのかと尋ねられても、穴を掘ってると答えるしかないではないか。

そしてそれは、わざわざ答えなくても見ればわかる話だ。

「何のために穴を掘っているんですか?」
質問を変えてみた。

「桜の下……したい……てると聞いたから」
男の口から靄のような言葉が漏れ出した。

 

全てを聞き取れたわけではないが、どうやら桜の下には死体が埋まっていると聞いたから、と答えたようだった。

僕は無言で二度頷いた後、桜の木に背を向けて家路についた。季節の変わり目にはおかしな奴が現れるものだ。大都会の新宿では、そんな奴は掃いて捨てるほどいる。そして、そういう輩と係わり合いになるとロクなことにはならない。もしかしたらホームレスなのかもしれない。

帰り道、そんなことを考えながら歩いていた。

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■翌日、男の行動はさらにエスカレートしていた!

 

翌朝、出勤途中に見かけたときは一人の警官が男に向かって注意していた。

夜、帰宅途中に見かけたときには警官は5人に増えていた。

8人ほどの野次馬が遠巻きにその様子を眺めている。

公共の土地を無断で掘り返していれば、きっと何らかの罪になるはずだ。

だったら早かれ遅かれ、男は逮捕されるのだろう。しかし今のところ警官たちは手を焼いてはいるが、まだ実力行使に出る素振りはなかった。

桜が完全に散り、日差しも強さを増した5月の下旬くらいになると、都庁の人間らしき人間と警官が入り混じって穴に向かって何かを叫んでいた。

もはや男の姿は見えず、かろうじて頭のてっぺんが見え隠れするくらいだった。ゆっくり、だが確実に、穴の脇にうずたかく積まれた土山にまた一掬いの土が投げつけられた。

 

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■世間が騒ぎはじめた!

 

様子が変わってきたのは、風に秋を感じるようになった9月の末くらいだった。

どこかのテレビ局がこの騒動を聞きつけ、取材にやってきた。

20代中頃の、女性アイドルかと思うくらいのリポーターが、一生懸命にマイクを穴の中に向けて、男に語りかけていた。穴はすでに直径5メートル、深さも3メートルほどに達していた。

掘り返された土はちょっとした丘のようになっており、その麓から穴の中にくすんだ銀色の脚立が伸びていた。

男は同じくくすんだ銀色のバケツを持って脚立を上り、土を丘にかぶせては、また穴の中へと戻っていく。

リポーターの問いかけには一切答えず、ただただその行為を繰り返していた。

枯葉が舞う10月末には社会現象になっていた。連日、テレビ局各社が押し寄せ、ワイドショーはこの話題で持ちきりになった。

コメンテイター達が競い合うように男の行動の動機を述べている。

臨床心理学の教授が「彼は病んでいる。自分と他者とのコミュニケーションを避けるために本能的に隠れる場所を作っているんだ」と主張すると、動物学の権威が「イヌ科の動物は出産時に穴掘りという行為をすることがある。もしかしたらある種の先祖返り的なものなのではないか」と仮説を立てる。
「いやいや、彼はあそこの場所に徳川埋蔵金が埋まっていると古文書から突き止めたんだ」と自称トレジャーハンターが今の新宿近辺に埋蔵金が埋まっている可能性を示唆すると、オカルト雑誌は「地上に取り残された地底人が必死に帰ろうとしている姿なのだ」と反論した。「だから言葉も通じず、何を聞いても答えないのだ」と。
「公共のものはみんなのものであるはずなんだ。だから誰が何をやってもいいんだ、という自由を説いているんだ」
「あれ自体がアートなのさ。人間の限界と可能性を同時に表現してる見事なアートじゃないか!」
「領土だ、国境だ、排他的経済水域だと言っても、しょせんは水と土じゃないか。

そんなことのために当の人間たちが争って不幸になるなんて本末転倒じゃないか、ってことを訴えてるのだ。なんて新しく画期的なデモなんだ!!」

その過熱報道を受け、北海道や九州から男を見学に来る者まで現れた。その頃には穴の直径は10メートルにまで達し、穴の内側には階段状に土が削られてちょっとした遺跡のようだった。新宿中央公園は一大観光地となり、周辺では穴掘り饅頭や、「そこ、深堀りしちゃう!?」と描かれた穴掘りステッカーまでもが売られていた。

 

 

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■穴を掘る男はその後、どうなってしまうのか?

 

11月にギネスが「一人で掘った穴の深さ」の世界記録を認定したのをピークに、人々の関心は薄れていった。

雪がちらつく2月には見学者は4人にまで減っていた。

桜の咲き乱れる4月。

もはや穴に興味を示すものはいなくなっていた。

ちらと穴を横目で見て、ある者は鼻で笑い、ある者は舌打ちした。

桜が散り始めた深夜、僕はまた新宿中央公園を横切っていた。

何の気なしに穴を見ながら歩いていた。

もはやそれは習慣というか癖のようなものになっていた。その夜は妙な違和感を感じた。

いくら待っても穴から土の入ったバケツを携え、地上に現れてこない。

確かに穴は10メートルを超した深さだ。以前よりは間隔も空くだろう。

に、してもだ。

一向に上がってくる気配がない。

僕は穴に近づいた。

 

穴を覗き込んでみた。

 

そこには暗闇が口を広げていた。

 

眠らない街と言われる、この新宿のど真ん中にその暗闇はぽっかりと口を開けていた。きらびやかな高層ビルの鍍金を剥ぎ取られて、現実を生々しく見せつけられた気がした。

「おーーい」
穴に向かって叫んでみる。

 

暗闇の中でその声はこだました。

もっとマシな呼びかけはなかったのかと悔いるほどマヌケなその声は、何重にも反響して、やがて漆黒に吸い取られていった。

 

僕は恐る恐る穴を降りていった。

手に持ったスマホの灯りがこれほど頼りないと思ったことは初めてだった。

地の底に辿り着くと、そこに男が寝転んでいた。

男は息をしていなかった。

気落ちしたバケツとスコップだけが男を哀しげに見守っていた。

地上に戻った僕は穴の中を見つめながら男の最初で最後の言葉を思い返していた。

僕は何に対してか、誰に対してかわからないまま、二度、無言で頷いた。

「そうか、そういうことか」
自分でも理解できない言葉が口から漏れた。

僕は手に握ったスコップで、小山のように高くなった土を掬い、黙々と穴を埋め始めた。

 

(了)

 

 

(文/元ちゃん)

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コメント

  1. リンカ より:

    あ、スミマセン。さっきの感想の補足です。新宿公園の土はスコップで掘れないんじゃないかって思ったのは、人通りが多い公園だから、土はすごく固いと思ったからでした〜。

  2. リンカ より:

    「気落ちしたバケツとスコップだけが男を哀しげに見守っていた」というところで、ただ不気味だった雰囲気を一瞬にして哀しい物語に変化させているところが上手いと思いました。
    新宿公園の土はスコップでそんなに掘り返すの無理でしょ? とか 余命幾ばくもない男が10メートルの広さの穴掘れるの? とかちょっと疑問だったので、設定にもう一捻りあったらいいなと思いました。

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